僕と本と未来

本を読んで感想などを書いてます。

コミュニティデザインの時代 自分たちで「まち」をつくる

コミュニティデザインの時代を読んだ。著者は株式会社studio-L代表の山崎亮さん。この本はものすごい内容も濃いし素晴らしかった。地方活性化やまちづくりなどに興味がある人はコミュニティデザインの考え方や、やり方を知っておくことは必須だろうと感じた。というかコミュニティデザインの考えを知らないで地方活性化したいですとか危険じゃねって思った、僕は信頼している人から教えてもらったけどほんと感謝だ。

コミュニティデザインとは何かというと、僕なりの解釈で連想することは、ものをつくらないデザイナー、ハードとソフト(ソフト重視)の両輪を使い社会的課題を解決すること、地元住民を巻き込み自発的なコミュニティを多数つくり様々なプロジェクトを発足させる仕掛け人みたいなイメージだ。本書にはしっかりとした定義を語ることは難しいと書いてあるが僕が近いなと感じた部分を引用する。

 

建築物などのハード整備を前提とせず、地域に住む人や、地域で活動する人たちが緩やかにつながり、自分たちが抱える課題を乗り越えていくことを手伝うものであり、2000年代以降に多く見られるようになった取り組みである。

 

  

これから僕が印象に残ったことや重要だと思ったところを書いていこうと思う。まず地方の現状としては、つながりが希薄化している、地元住民は、まちづくりに関わろうと思わないし、お客さん化していて行政に完全に頼っている。

 

 

つながりが希薄化していることに関しては、ひと昔前のつながりがよかったわけではない(僕は実際には生まれていないので知らないが)。一昔前にはしがらみや会合には強制参加、噂が一瞬で広まるなどがあったと思うけど、僕らの世代からすると恐怖を感じるし、そういう風潮が嫌で都会に出て行った人も多かった。著者も言っているが、いいあんばいのつながりが重要だと言っている。

 

しがらみの多い社会に戻りたいわけではない。現代を生きる人たちにとって、つながりがなさすぎるのは生きにくいが、つながりがありすぎるのも生きにくいのである。

 

それとまちづくりに関わろうと思わないで行政に頼りまくりお客さんかしていることに関しては、著者は地元住民を巻き込んで自分たちで町や地域をよくしていこうと主体的に関わるような意識にしなければいけないという。それには地元住民との信頼関係を築きワークショップなどのコミュニティデザインを通して自発的に地元住民が、これを町のためにやろう、と思ってもらえるように進める技術や知識、行動力が必要になる。

 

 

そしてハード(公園や広場)をデザインし作るのではなく、今ある屋外空間や空き家を利用して斬新なマネジメントをすることが重要だ。現在では地縁型コミュニティが弱体化しているので、テーマ型コミュニティ(興味や趣味)も巻き込んでハードを有効利用したくさんのコミュニティをマネジメントをして人のつながりを直接的に作っていく必要がある。例えばこんな例だ。

 

公園の周囲で活動していた40以上のテーマ型コミュニティがそれぞれの活動を公園内で行うようになり、日常的に来園者を楽しませるプログラムが開催されるようになったのである。たとえば、凧づくり、凧揚げ、水生昆虫の観察会、里山探検、パソコン教室、音楽の演奏会など、園内各地でさまざまなプログラムが曜日や時間を決めて実施されている。

 

 やはり新しく空間をつくるだけでなく、空間とコミュニティの掛け合わせなどを通して地域を活性化させていくことは大事だと感じた。他にもたくさんの事例や参考になる考えや長年かけて気づいたノウハウなどが載っていて素晴らしいのだけど、一番僕が参考になった部分はコミュニティデザインの進め方というところだ。

 

 

これはすごい大事な部分で、地元住民を集めてたくさんのコミュニティを作ってもらい活動してもらうのだけど、どのような順序で行えばいいのか?どのようなことを知っておくべきなのか?など大変参考になった。

 

 

第一段階:ヒアリング、第二段階:ワークショップ、第三段階:チームビルディング、第四段階:活動支援、の部分は完璧に覚えて何回も読み直そうと考えている。そしてファシリテーションや事例についての部分は僕からすると「なるほど」、「そうなのか」など長年かけたノウハウや考え、気をつける部分などが書いてありすごい参考になった。

 

 

僕はこの本はKindleが出てなかったので紙の本で買ったのだけど、線を引きまくって読んだ(普段は線は引かないけど)し繰り返し読み返そうと思う。ほんと地方活性化に協力したい人は確実に読んだ方がいいのでオススメだ。

 

 

最終的にこのような活動が地域を活性化させる。みんなが生きがいを持ち、社会参加し、ゆるくつながり、だれも孤立させない社会にする。そのためにはコミュニティデザインが不可欠だ。そして地元住民だけで、どんどん新しいプロジェクトを発足させ、自分たちでもっと町をよくしていこうと思っている地域になることが望ましいと感じる。そのような地域が実現すれば、仕事もコミュニティから生まれるし、ゆるく繋がっているので、助け合えるし、相談相手もいるし、社会参加できる多様なコミュニティがある。

 

  

そんな地域ができれば若い人もたくさん来たいと思うだろうし、子育てなどもしやすくなるだろう。現代ではつながりがなさすぎて孤独な高齢者や子育て中の人も頼れる人や相談相手がいないという状況が頻繁にある。そんな社会は明らかに狂っているし、辛いだろう。

 

 

そんな状況を文句を言ったり、一方的に非難したりして全て国や行政に頼り切るのは僕は違うと思うし、実際に地元住民を巻き込んで活動していくことが望ましいと感じる。そうすれば、みんなが生きやすく、いきいきと生活できて、困った時は助け合える素晴らしい社会になるのではないだろうかと思った。

 

 

そのためには実際に努力は確実に必要だ。誰よりもその町のことを知り尽くし、実際に現場に行き、様々なことを体験し、地元住民や様々な活動をしている人と信頼関係を構築し、何が必要なのか?何が求められているのか?を聞き出し、みんなで話し合って解決していく。そして地元住民が自発的に「これやりたい」といったときに「いいですね」といい、実際に活動の手伝いをし、自分たちで活動することができるコミュニティをたくさん作る。

 

 

 

そのためにはたくさんの事例は誰よりも頭に入ってなくてはいけないし、様々なアイデアやウェブの知識、ファシリテーション能力、聞く力、人を巻き込む力、文章力、教える力、まとめる力、調べる力、組織化する力など様々な力が必要になる。僕はそのような能力を猛烈に磨いていきたいと考えている、というか確実に身につけるし努力しまくる。そして素晴らしい地域を作って、それをどんどん広げていきたいと思う。

 この本もおすすめです。

ビジネスマンにも大いに参考になると思う。他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!!

 

「学者は語れない儲かる里山資本テクニック」葉っぱビジネスで地方創生

学者は語れない儲かる里山資本テクニックを読んだ。著者は株式会社いろどり代表の横石知二さん。著者は徳島県上勝町(かみかつちょう)で葉っぱビジネスを行い、地域の高齢者を稼げるようにし、高齢者に出番と役割を与えることで、活き活きと幸せにし、地方の活性化に貢献した人だ。

学者は語れない儲かる里山資本テクニック (SB新書)

学者は語れない儲かる里山資本テクニック (SB新書)

 

 僕は事例としては結構前から地方活性化の代表例として知識はあったのだけど、少し前に見た、サワコの朝(土曜朝7時30分)でゲストで中尾ミエさんが上勝町の葉っぱビジネスを映画化した人生、いろどりの話や、高齢者の幸せなどについて話しをしていてすごい興味を持ったのと、僕も地域を活性化に関するする事業を行うので絶対に読んで損はないと思いKindleで買って速攻読んだ。 

 まず上勝町は徳島の山あいにあり、総面積の約9割が山林で人口は1700人余りでその大半が65歳以上の高齢者という小さい町だ。そこでは日本料理のつまものとして添える葉っぱの栽培、出荷、販売する葉っぱビジネスを行っている。70歳代や80歳代のおじいちゃん、おばあちゃんがタブレット片手に情報をやり取りして葉っぱビジネスを行い、中には年収1000万を超える高齢者も存在する。なので上勝町の高齢者はすごい元気でいきいきしている。

 

町の大半を占める高齢者たちに「出番」と「役割」があることで、以前には考えられないほど町の雰囲気は明るく元気になりました。体だけではなく脳もフル回転、「忙しゅうで、病気になっとれんわ!」「朝起きて今日は頭が痛いなあと思うとっても、仕事をしとったら頭が痛いのも治ってしまう!」というおばあちゃんもいます。

 

こういう町があるということは本当に素晴らしいことだし、僕も地方の町の理想像は上勝町をイメージしている。現代では、独居老人問題、孤独死少子高齢化などが問題になっているが、実際にそのような問題に的確にアプローチできているところは多くない。もともと僕はこのような問題に興味を持ったのは高校の時で、誰ともつながりがなく、話し相手がいない、頼れる人がいない高齢者が多いという現実をテレビなどを通して知り、やるせなさを感じ、そのような問題をどのように解決すれば良いか考えるようになっていた。

 

 

そしてその頃から一貫して僕が考えていたことは、ゆるいつながりを持った自発的な地域コミュニティーをたくさん作り、助け合いのセーフティネットを作ることだ。そして高齢者の人に対して、役に立っている、必要とされていると実感する仕組みを作ることだと考えていた。そのような仕組みを事業を通して作りだすことが重要だと考えていたのだけど、上勝町はまさに僕のイメージ通りだ。

 

 

これからの時代は介護や医療、福祉が重要になってくるというのは事実だし、介護人材などを増やすことは重要だろう。ただ、僕は高齢者の精神面の充実は見落とされている場合が多いのではないかと疑問に思っていた。

 

 

独居老人問題などで、頼れる人や話相手がいない高齢者が多いのも、簡単にいうと参加したいと思えるコミュニティーがなかったり、生きがいを見出せなかったりするのだろう。そんな人たちに、役割を与えてあげることが重要だ。

 

 

役割や生きがいがあればいきいきと毎日の生活にハリがでてくるし、元気になる。元気になれば病気になりにくくもなるし、健康寿命も延びる(昔読んだ本で、精神的に充実した高齢者は健康寿命が延びるというデータを見たことがある)。

 

 

そうすれば、医療費だって削減できるし、健康寿命が伸びれば介護が必要になる時期も少なくなる。まあ、一番は人生が楽しくなるし、精神的に豊かになる。自分が社会に役立っている、楽しい仲間がいる。地域で交流がある。そんな地域になれば誰もが助け合ってゆるくつながり幸せな地域になるはずだ。

 

 

そうすれば、若い人も移住してみようかなとか考える、やはり地方活性化には若い人は必須条件になるし、結婚して子供を産んでくれたりすればなおさら良いことだ。そして子育てだって助け合える地域にもなるし、相談相手もたくさんできるだろう(絶対に幼児虐待も減るし、子育てもストレスは軽減される、僕は幼児虐待に関して社会がもっととみんなで助け合おうみたいな雰囲気がないことに怒りを感じる、当事者だけを叩いたって変わらない、責任を人格のせいにしたって変わらない、人生はコントロールなんて絶対にできない、身近に相談やサポートできる仕組みを作らなければならない)。そのためには若い人が来たいと思えるまちづくりを行わなければいけない。

 

 

僕がこの本を読んでいく中で参考になった場所は、地元の重鎮に気をつけろだったり、地方あるあるをしっておく、根回しなしには進まない、信頼関係を作るなどだ。

 

 

何か解決しようと考えると必ず抵抗勢力が現れる。そのような抵抗勢力は地元で名誉や肩書きを持っている人だ。そのような人は出る杭を打つのが好きな人が多いのだそうだ。そのような風潮は地方などではあるらしい。そのような時に戦ってはダメだ。味方につけるしかないし、根回しはめちゃくちゃ大事だ。

 

 

僕も実際に活動していく中で、根回しはしっかりしていきたいと考えている。地域や町が本当に良くなる、高齢者の人がいきいきと幸せに暮らせる仕組みを作るという目標があるのならば、根回しくらいしなければならない。とにかく、地元の重鎮の話を聞きまくり共感し、役割を与え、あなたが必要なんです、とじっくり時間をかけて協力してもらえる体制を作るしかない。

 

 

今現在、世の中には自称地域コンルタントが山ほどいて、地元の人と交流もせずに、過去の事例だけを取り上げ、素晴らしく見せるような自己満プレゼンテーションをして、行政から金をもらい、さも成果が出たようにみせるコンサルタントも大勢いるそうだが、実際には成果が出ていないことは多い(今の時代に箱モノを作るとかおわってるからね、今の時代に箱モノを作ろうとか言い出す自称地域コンサルタントは信用してはいけないと思う)。

 

 

都会的な方法で効率重視で進めても地方の田舎ではうまくいかない。まず意識も違うし、風潮なども全然違う。なので、根回しだって必要だし、行政の職員の人たちともうまくやる必要があるし、地元住民とも交流をし、地元のことを知り尽くし、協力者を募らなければ問題は解決しない。まあ、僕もこのような活動は本気でしていくし、全力でやる。

 

 

とにかくこの本を読んでよかった。地方活性化したいとか、地方で事業を起こしたいなど考えている人は読んで損はないだろう。この本は本音で書かれていてすごい参考になった。

学者は語れない儲かる里山資本テクニック (SB新書)

学者は語れない儲かる里山資本テクニック (SB新書)

 

 他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!!

 

脳はすごいと思う。

脳はすごいと思う。これから僕が生活していく中で実感した脳の凄さを書きたいと思う。これから書くことは実際に本を読んで事実を書くのではなくて僕が体験して感じた脳の凄さを書くので真実かどうかはわからない。

 

 

脳は情報を最強に集めることができるマシンだ。僕は何か興味を持つことや知りたいことを考えていると、自然に生活していく中で脳が勝手に情報を集めてくれる。本を読んでも知りたいことを読むと脳が自然に反応するし、人の会話でも知りたいことは聞こえてくるようになる。テレビを適当にみていても興味のあるキーワードなどはしっかり聞くし、記憶しようとしてくれるので脳は便利だ。

 

 

僕は何か好奇心が湧いたり知りたいことがあったときは、脳に意識させるようにしている。そうすると自然に情報を集めようと脳は頑張るので、読んでる本や過去の体験や関わる情報を脳は瞬時に思い出してくれる。そしてググって情報を集めようと考えるので、適切な情報を読んだり、本を買ったり自然とできるようになる。

 

 

脳はそんなふうな仕組みだと僕は考えているので、やりたいことを調べるることは簡単だ。単純に意識すればいいだけだ。脳にこれがこうやりたいんだけど、どうするか?と疑問系で質問すると脳は必死に考えてくれるのでアイデアや仮説をいろいろ考えてくれる。僕はいつもこの方法を自然と使っている。

 

 

それと何かこれをしたいという時は、僕は関連の本を数冊は読むけど、読んだ後に寝たり、時間が経つと脳が勝手に整理してくれるのですごい便利だ。何かアイデアが欲しい時もこういう問題を解決したいんだけど、どうしよう?と疑問系で考えていると脳がいろいろ考えてくれて、ハッと思い浮かんで教えてくれるので便利だ。

 

 

それと、これは僕の仮説だけど、実は脳には生まれてから今までの全ての記憶が全て完璧に蓄積されているのではないかと考えている。これは真実かどうかわからないけど、なんとなくそんな気がする。

 

 

よく巷で言われる、記憶力というのは覚えている記憶を無理やり引っ張り出してくる能力だけど、そのような方法で記憶を引っ張り出すには反復が重要だ。そし反復をして思い出す記憶というのは多分そこまで重要度は高くない。

 

 

 

ただ、不思議なことは、あるきっかけや強い好奇心などを持っていて、ハッとするときに思いもよらない昔の記憶や画像が脳に思い浮かぶことがある。そのような情報や画像というのは別に覚えようとしていないのだけど、たまに思い浮かぶ。そんなときに実は脳には今までの記憶が蓄積されていて、何か情報や解決の糸口を与えるために必要だと脳が判断した場合に過去の記憶や情報を与えるのではないだろうかと考えた。

 

 

そう考えると脳はすごい。だから脳はしっかりと使うべきだ。何か調べたいことがあれば興味を持って考えていれば脳は反応するのだから、すごい楽。ある意味、グーグル検索、情報の組み合わせ、過去の体験を思い出す、アイデアを発想することができる道具だ。だからうまく使っていきたい。

 

 

人の嫌いなところを探そうとすると脳は人の嫌いなところ大量に考えてしまうけど、逆に人の好きなところを探そうとすれば人の好きなところを大量に考えてくれる。

 

 

もっと脳を上手に使いこなしていきたいと思う。今まで当たり前に脳を使っていたけど、いろいろ意識していけばもっと素晴らしく脳を使えるのではないかと思った。それと誰もが脳という最強の味方がついている。やりたいことがある時に自分だけじゃ無理だと考えてしまうけど、脳をうまく使えばいい。脳の大きさなども人間でそんな差はないと思うし、たぶん自分がしたいことへの思いや意識の部分で差がつくのだと思う。だから脳をうまく利用してやりたいことをどんどんやっていこうと思う。

 

 

挑戦する脳 (集英社新書)

挑戦する脳 (集英社新書)

 

 

他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!!  

あの日読んだ砂漠という小説の西嶋のかっこよさをあなたはまだ知らない。

あの日読んだ砂漠という小説の西嶋のかっこよさをあなたはまだ知らない。タイトルがどこかで聞いたことのあるフレーズに無理やり似せようとしているけど限界だろと思うかもしれないけど、そんなことはどうでも良くて、砂漠という小説に出てくる西嶋のかっこよさを自己満で語っていこうと思う。

砂漠 (新潮文庫)

砂漠 (新潮文庫)

 

入学した大学で出会った5人の男女。ボウリング、合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、超能力対決…。共に経験した出来事や事件が、互いの絆を深め、それぞれ成長させてゆく。自らの未熟さに悩み、過剰さを持て余し、それでも何かを求めて手探りで先へ進もうとする青春時代。二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編小説。

 

 正直、僕がいくら西嶋のかっこよさを語ったところで、やはり小説を読まないと伝わらないと思うし、伝えることは不可能だと思うので、単純に書きたいから書くし、ネタバレは当たり前で、西嶋にだけフォーカスしていく。これを読んでも内容はわからないだろうし、僕にとっての西嶋のかっこよさが伝わるかは謎だし、意味わかんねーよとなる可能性も十分にあるのでご了承ください。

 

 

この小説ではメインの人物が5人出てくる。北村(冷静に周りを見回す男性)、西島(ぶっとんでいてヤバいけどかっこいい男性、少しぽっちゃり)、南(超能力が使えて真面目な女性)、東堂(容姿端麗でクールな女性)、鳥井(盛り上げ役の男性)だ。これも僕が適当に印象を説明したので、ぴったりではないし、僕の記憶や感覚で書く。

 

 

この5人が初めて出会うのは大学の集まりなのだが、みんなが居酒屋でありきたりな会話などを楽しんでいるところに、西嶋が現れる。西嶋は遅れてきたのに、そんなこと気にもせずマイクを持っていきなり自己紹介を始める。

 

「数日前、千葉県からやってきたんですが、今日、遅刻したのは、隣のビルの雀荘で麻雀をしていたら、抜けるに抜けられなくなったんですよ」

 

 とにかく西島はこの後も、世界平和を願って麻雀で平和(ピンフ)という役を点数安いのに作ろうとしているのに、周りのオヤジ達が邪魔して俺を負かすのはおかしいとか、世界のあちこちで戦争が起きてるのに俺たちは何をしているんですか、とかアメリカはまた戦争をするのに日本の若者は怒らないんですか、とかジョーストラマーやラモーンも死んじゃったんですよ、だから俺たちが立ち上がるしかないでしょう。馬鹿な学生が引き継ぐしかないでしょうとか一人で喋り続ける。

 

 

実際には西嶋は喋り続けている間も周りの学生が失笑や不快感を示しながら、「帰れよ」とか「馬鹿じゃねえの」などの不快感を表している。

それでも西嶋は負けずに、その気になれば砂漠に雪を降らすことができるんですよとか、ニーチェの言葉を引用したりしながら熱く興奮して喋り続ける。

 

 

正直、ここまで書いて僕は西嶋のかっこよさが伝わるのではないかと思っているが多分伝わる人と伝わらない人がいるだろう。実際に現実でそういう場があれば間違いなく西嶋は嫌悪感を多くの人にあらわにされるだろうし、不快感や罵声を浴びせる人たちも多いことは容易に想像できる。

 

 

しかし僕はたぶん現実にそういう場にいたら西島に興味がわくだろうし、何かしら自分から話しかけたり、とにかくいろいろ語りたいと思うだろう。なんか僕は西島に親近感を感じている、僕は絶対に西島のような態度は取らないけど(取れない)、実際に会ったら確実になんかすごい奴だなと感じるだろう。

 

 

 

正直、僕は飲み会のような場でのあらかじめ全体のある程度の合意がわかっている話題だとか、くだらない自己紹介をしあって、探り探り、どうでもよい当たり障りのない話とか、明らかにいい人に見せようとする態度とか、相手を褒めたがる人とか、そういうのがだるいし、くだらないとかつまらないとか思ってしまうし、適当に相手に合わせて話すのも僕は時間の無駄だなとか感じてしまうので実際は西島の話を聞いてる方が楽しいと感じるだろう。

 

 

だから西島はなんかすげーよって思う。正直だし、堂々としているし臆さない、北村や鳥井、南、東堂などはそのことをわかっている。そこから西島たちはボウリングや合コン、麻雀、通り魔との戦い、超能力対決などの出来事を体験していく。

 

 

僕が印象に残る西島のことばを紹介しようと思う。

「そうやって、賢いフリをして、何が楽しいんですか。この国の大半の人間たちはね、馬鹿を見ることを恐れて、何にもしないじゃないですか。馬鹿を見ることを死ぬほど恐れてる、馬鹿ばっかりですよ」

 

 

西島は自分の無力さを一番理解しているが、それでも自分なりに頑張っているし、実際に努力して結果を出している。僕はそんな西島にものすごく共感してしまうし、たぶん似ているところがあるのだろう、しかもサンテグジュペリだとかニーチェだとかを西島は好きなのだが僕も好きだし、ロックを愛しているとこも似ていて親近感を感じてしまう(だから自己満でブログを書いているんだろう)。

 

 

しかし、西島はすごすぎるし、僕は読みながら、「おい、それはやりすぎだぞ、やめとけ」と何回も思ったし、明らかに僕とは違う部分はあるし、そこが西島の大きな魅力なのだろう。西島は独善的な部分もあるけど、愛に溢れているし、単に夢物語を語っているのではない。例えば西島は捨てられた犬の保護サイトを見つけてしまったら、後先考えずに犬を引き取りいって、東堂に飼ってほしいとたのんでしまうような奴だけど、でも憎めないし、なんかかっこいいと思ってしまう。北村からは他の犬はどうするんだ?みたいなことを言われるがその後の西島のやりとりも面白い(気になった人は読んでみてほしい)。

 

 

とにかく西島のかっこよさを示したかったのでけど、あんまりうまく伝えられない。とりあえず、最後に西島のことばを引用して終わりにしようと思う。別に名言ではないし是非砂漠を読んで流れをつかんでほしいのだけど、

 

「人に訴えても伝わらないんだからね、もう別の物に分かってもらうしかないんですよ。ピンフをね、何度も上がることで、こっちの本気度合いをしつこくしつこく、分からせるわけですよ」

 

 

この文だけ読んでもなんだ?って思う人も多いと思うけど、まあ別に僕はいいと思っている(すいません)。本文では三島由紀夫の話題からのこの言葉がくるのだけど、相当感動するし、すごい共感してしまう。やはり、西島のかっこよさを伝えるのは難しいなあと思うし、「全然わかんねーよ」とか、「こいつこの文書いといて適当にまとめやがって言いたいことわからん」とか様々あるだろうし、そもそもここまで駄文を読んで到達する人の割合が限りなく低いことも分かっているが、まあもしもいて、少しでも興味持ったら読んでみてください。

砂漠 (新潮文庫)

砂漠 (新潮文庫)

 

 サンテグジュペリの本、星の王子さまもいいけど、人間の土地はほんと素晴らしいよ!

人間の土地 (新潮文庫)

人間の土地 (新潮文庫)

 

 他の記事も書いたのでよければ読んでほしい!!

 

ザ・ブルーハーツの素晴らしさと僕

僕の高校時代はブルーハーツとともにある(といっても数年前だが)。僕はとにかくブルーハーツが好きだった。もちろん僕たちの世代はブルーハーツを実際に見た事はない。ヒロトマーシーブルーハーツをとっくに解散してクロマニヨンズを結成して頑張っていたし、ブルーハーツは僕たちの世代では知らない人も多い。

 

 

 

ただ、やはり学校にはブルーハーツ好きはそこそこいたし、そういう友達と語り合う事はすごい楽しかった覚えがある。最近は僕はブルーハーツを全然聴かなくなってしまって数年前にものすごく好きで聴きまくっていた感情や感性を完璧に思い出すことができないのが少し寂しいが、これからまた聴きまくりたいと考えている。

 

 

 

僕はブルーハーツの曲は全て好きだけど、一番好きな曲を聞かれた時は「電光石火」と答えている。なぜ僕が電光石火が好きなのかというと全体的に好きなのだけど、友達に聞かれた時は「心の中のプラットフォーム」というフレーズだと答えていた。まあ、あんまり理解されなかったが、僕はそれでいいと思っていたし、満足していた。ブルーハーツの良さはそんなに簡単に表せるものではないと思っていたし、単純ではない。


THE BLUE HEARTS 電光石火

やはり僕の世代ではブルーハーツをしっかりと聴いている人たちはそんなに多くなく男ばかりであり、女性たちはブルーハーツを知らない人も多かったし、やはりミスチルなどには話題性などで負けてしまう。

 

 

よくある高校生の話題で好きなアーティストは何?的な会話があるが、僕はいつもブルーハーツだと答えていたが女子から聞かれた時はどうせわからないだろうし、理解されないと思っていたし、その後の会話でチグハグな気まずい感じになるのが嫌だったので、結構好きだった「ゆず」だって答えようか悩んでいたこともあるし(ブルーハーツの説明するのが面倒くさいし、定番の曲を説明したり、CMでやってるあの曲だよとかだるい会話になる)、ブルーハーツと答えずに「ゆず」だと答え自分の心情に逆らってしまって後悔したこともある。

 

 

 

やはり僕らの世代でブルーハーツを好きでいるということはブルーハーツ世代の人とは覚悟が違うのではないかと思う。高校でもすごい仲良くなる友達というのはブルーハーツをよく聞いていたし、マイナーな曲をよく知っていた。やはり本当のブルーハーツ好きはマイナーな曲をこよなく愛すべきだし、歌えなくては話にならないのではないかと思う。

 

 

それとブルーハーツ好きの情熱は伝わるのではないかと思う。僕の周りの友達はブルーハーツをよく聞くようになったし、共通の話題になっていた。しかし、中にはブルーハーツの良さがわからない人もいる。もしかしたら女性にはわからないと思う人も結構いるのかもしれないが、男でも僕らの世代だと良さを理解できない人も少なからずいた。

 

 

 

ブルーハーツは若い人が聞く曲ではないと僕は思う。心の内に熱い情熱を持っている人が好んで聞く曲ではないかと思う。ブルーハーツの曲は幼稚でもないし、わかりやすく単純なものでもない。そんな簡単にブルーハーツの良さを簡単には説明することはできない。

 

 

ただ、なんかすごい夢中になるし、熱狂するし、本当に素晴らしいのだ。他人でもブルーハーツが好きだとわかると親近感がわくし、ブルーハーツ好きにそんなに悪い人はいないと思う。ただ、ブルーハーツを好きだという人に好きな曲を質問したときに定番のメジャー曲をいってくる人は本当にブルーハーツの良さをわかっているのかは謎だ。僕はそのような人には他にもいろいろな質問をすることで本当のブルーハーツ好きなのか見極めていた(もちろん他の曲も知った上で定番曲が好きなのならいいと思う)。

 

 

とにかくブルーハーツはカッコイイし正直でロックでとにかく僕の心にダイレクトに響くし、たくさんの影響を与えてくれた。僕は今ブログを書きながらYoutubeで(僕の愛用していたipodtouchがある日突然ぶっ壊れたから)ブルーハーツを聴いているが、正直書くことに集中は全くしていなくて曲に集中しているが、やはり素晴らしいよ。

 

 

正直、数年前のあのころの心境には今はほど遠いし、本当に言いたいことは言えていないのだけど、これからブルーハーツを聴きまくって取り戻していきたいと思っているし曲を聴きながらあの日の感動が蘇ってきているのがわかる。もちろんハイロウズクロマニヨンズもいいのでオススメだ。クロマニヨンズはぶっ飛びまくっていて面白い曲も多いし聴いたことない人にはおすすめです。

 

一応定番の曲だけど、女性でも誰でもブルーハーツの素晴らしさを少し理解するのにおすすめの曲を紹介して終わりにしようと思う。青空。


THE BLUE HEARTS - 青空 (Aozora)

 

THE BLUE HEARTS

THE BLUE HEARTS

 

 

他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!! 

 

理想が高い人に思う事と、どう生きるか

理想が高いということはしんどい。しかし、理想が高いことが悪いことではないと思うしむしろ良いことなのではないかと思う。だけど、理想に近づくには小さなことから始めて順々に大きくして理想に近づけなくてはいけないのだと思う。

 

 

 

僕自身も理想が高すぎて、しんどくて理想に関して世の中と折り合いがつかなかったし、周りの人とも折り合いがつかないことが多かった。理想が高すぎる人は折り合いをつけるとか、少し妥協するという考えがものすごく苦しいし辛すぎる。

 

 

よく世間では「若いころは理想が高いものだよ」というのを聞くが、それは少し違うのではないかと思う。モラトリアム期間などは自分探しなどが流行ったり、暇だったりするので、理想を持って熱く語ることなどは多いのだろう。

 

 

ただ、若い時に理想を熱く語っている人たちの中には、時間が経つにつれ、理想を語らなくなったり、小さくなって理想を語っていた日々がなかったような面影になる人も多いのだろう。こういう人たちを世間では「若いころは理想が高いものだよ」という人の典型なのだろうが、僕はそんなもの理想ではないし、嫌な言い方をすると、ただの暇な期間のかっこいい寝言なのだと思う。

 

 

環境が変わったり、長い年月が経ったくらいで理想を語らなくなったり、妥協するような人はそもそも本当の理想など持っていないと思うし、一時に熱く語って忘れるようなものは僕は理想とは認めるつもりはない。

 

 

なので本物の理想が高すぎる人というのは、自分に正直に妥協することも、うまく折り合うこともできない人なのだと思う。しかし、そういう理想を持つとしんどすぎるし、自分に期待しては絶望したり、自分を苦しめてしまうことも多い。

 

 

そして、そういう人に他人からの理想に対するアドバイスというのは効き目がないし、同じ心境の人ではないと分かり合えないと思う。なのでしんどくて絶望感を抱いている人もいるだろう。

 

 

僕は結局そういう人は理想に近づくことを小さいことから今すぐ始めることしかないのだと思う。初めはそういう考えに馴染めないし反発してしまうと思うけど、結局いくら理想があったところで行動を起こさなければ何も変わらない。いくら途方もなく長い道のりになるかもしれなくても小さく始めなければならない。

 

 

だってなぜ僕たちは理想を語るのか?それはたぶん変えたい部分だったり、おかしいと思う部分を変えたいと思うからではないか?はっきり言うが思っているだけじゃ何にも変わらない。語っているだけじゃ何にも変わらない。それは歴然とした真実だ。不満を言っているだけじゃ変わらない、他人を攻撃したって変わらない。理想を語るのであれば、語って自己満足して、自分はすごい人間だなんて酔いしれてはいけない。

 

 

理想を語るのであれば、理想を叶えるために小さいことからでもいいから行動しなければダメだ。理想が高い人は大きなことから始めなければいけないと思ってしまうけど、そう考えると行動するのがしんどくなってしまうし絶望してしまうだろう。ただ、物事は初めは本当に小さなことから順々に大きくなっていくものなのだ。

 

 

だから始めなくてはいけない。自分を救うためにも小さなことから始めなくてはいけない。いくら優しい他人が優しい言葉をかけたり、愛情を示してくれたとしても、自分は絶対に救えない。だから理想が高すぎる人は自分を救うためにも理想に到達するためのことを今すぐ始めればいいのだと思う。

 

 

始めてみれば活き活きしてくるし、確実に理想に近づいてくると思う。そして活動を開始するにあたって、覚悟を決めることが大事だ。新しいことを始めると、大体の人は反対してくるものだ。でもそれはどうってことはない。「現実を見ろ」「それは無理だろ」といってくる。しかし、そんな実態のない戯言に耳を傾けてはいけないし、そんな言葉で諦めてしまうのであれば、自分の理想はそんなちっぽけなものだったのだと理解したほうがいいだろう。

 

 

世の中には現実主義者と理想主義者がいるが、前にテレビでやってたのを見たら、男性は理想を考え、女性は現実を考えやすいという性質があるらしい。ある程度そういう特性はあるといえ、現代は現実主義者ばっかりなのではないかと思う。

 

 

そして理想も持っている人は何か浮世離れというか、現実的でないみたいな印象を持っている人も多いと思うし、そういう風潮は僕は嫌だけど仕方がないと思うし、理想を持っている人の理解者はそんなに多くない。

 

 

まあ、世の中そんなもんだし、現実主義者はお互いに現実的に楽しく暮らせばいいと思うし、理想主義の人はそういうのを受け入れるしかない。そして理想を持って行動をしている人を白けて見てくる人などは、適当に受け流すしかない。残念ながら世の中はそういう人の割合が多いことは普通に生活していればわかるがそれも受け入れることだ。

 

 

必ず、本当に理解し合える人というのは、行動を起こしていけば会えると信じるしかない。そうやって必ず何かしらの希望を抱いて生きていけばいいのではないだろうか。そして理想を持って何かを成し遂げた人も誰もが初めは理解されないものだ。しかし、自分を信じ続けて希望を抱いて行動し続けていけば、何かを成し遂げても、途中で終わってしまっても本当の理解者とは出会えるのではないか?と思う。というか人生はそういうふうにうまくできていると僕は信じている。とにかく理想が高いことはいいことだと思うので、自分を信じて希望を持ち小さなことから今すぐ始めればいいのだと思う。

 

 

 理想が高い人へのおすすめ本です!!僕の好きな吉田松陰、理想が高くていろいろ考えた人は吉田松陰は絶対読んだ方がいいと思う!!

覚悟の磨き方、この本すごい良かった。吉田松陰の入門とかでもおすすめできる。

この本は、誰よりも熱い幕末の天才思想家、吉田松陰の名言を心、士、志、知、友、死という項目に、ふさわしい松陰の言葉を列挙している本だ。とにかく、この本を僕は読んで感動したし、志の大切さを改めて思い知ったし松陰を大好きになった。世の中の人や特に経営者はなぜか坂本龍馬ばかりを支持していて(坂本龍馬はすごいし、尊敬するけど、僕にとっては松陰かなあ)、どいつもこいつも同じだなあ(龍馬ファンの人すみません、僕も龍馬大好き)と思っていたのだが、この本を読んで吉田松陰は型破りで異端で正直で一生を通して自分を貫いたところがカッコいいと思ったし、松陰を知りたいと思う人のきっかけに良い本だと思う。

 

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人生の楽しさってなんだろう

人生の楽しさってなんだろう?冷静に考えると難しい。まあ、こんなことを考える時いうのは、ある意味精神が少し不安定になっていたり、もやもや何かを感じている時なのだろう。まあ、一時的なものであり、こういうことを考えていたとしても、10分後にはそんなこと気にしなくなるかもしれないし、人生は楽しいぜーってなる可能性もある。

 

 

僕は人生というのは、自分で楽しさを作り出さなければいけないのではないかと思う。ただ楽しさを作り出すのはそんなに簡単なことではない。自分が本当に楽しいと感じるとか幸せだと感じる状況や感覚を知ることが重要だと思うし、知ってからいろいろしなくてはいけないと思うからだ。

 

 

まあ、人生について語れるほど僕は長く生きていないが、人生というものは思い通りにいかないことの方が多い。そして、生きていく中である程度決まり切ったイベントをこなしながら生きていくのだと思う。学校、勉強、部活、趣味、成人式、恋愛、就職、起業、結婚、子育て、など全員ではないけど、多くの人が体験するイベントを少しずつ消化したり体験していく。

 

 

様々なイベントを消化したり体験していく中で楽しいとか感じるけど、そういものは永遠には続かないし、一時的なものだ。ただ良いイベントだと思うし無駄にならないし、それは後から思い返せば思い出になるし、懐かしむ材料としてはいいのだろう。

 

 

楽しさにはすごく簡単に得られて、一時的に満たせるものなども現代には溢れているが、そういうものは冷静に考えてしまうと結構虚しく感じる。そういうものを日頃積み重ねて一時的に消費し楽しみを感じても、ふと気がつくと虚しくなることも多い。

 

 

だから僕は本当の楽しさを求めている。ただ本当の楽しさを作り出すのは簡単ではないと思うし、努力も必要だし、報われない時間もあるし、本当の楽しさを作り出せないこともある。ただ、人生はある意味こんなもんなのかもしれない。

 

 

 

そう考えると、短絡的な楽しみというものも、受け入れられる気がする。人生は思い通りにいくことの方が少ないし、いろいろな悩みや苦痛が付きまとう。だから、そういうのを少しでも労うために簡単な幻想の楽しみを味合う人も多いのだろう。それは、人生諦めたから、そういうのに逃げるのでなく、このうまくいかないことも多い世の中で折り合いをつけるために味合うのだろうしそれも良いのだろう。ある意味人生はそんなものであるのかもしれない。

 

 

 

ただ、人生の美しさという観点で考えると、楽しさだけがあるのは美しいとは思えないし、いろいろな事にがむしゃらに頑張ったり努力している人をみるとその人の人生は美しく見えるし、素敵なのだと思う。自分を精一杯活かして活動していく事は美しい事なのかもしれない。僕は結局、自分の人生を精一杯、活かして動きまくり、生きて行く方向で動いている。

 

 

 

そういう人生は、はりがあると思うし大変だけど面白そうだからだ。がむしゃらに生きていくと余裕はいつもあるわけではないのかもしれないけど、そういう生き方はもしかしたら人生を楽しむという意味ではすごい真っ当なのかもしれない。そしてそういう生き方をしている人を僕は美しく感じる。子育てを経験をしている人はそういう人生を選択している代表例だろう。僕は素直にすごいと思うし、尊敬する。自分の子供のためにすごい頑張れるというのは素直にすごいと思うし、親はそう考えるとすごい、まあこういう愛情みたいなものは親にならないと本当のとこは、わからないのだろう。

 

 

 

そして人生は不確実なことが多い。この選択をすれば楽しくなれるかなんてわからないし、迷いを抱えながら生きていくものなのかもしれない。だけど、不確実だからいい面もあるだろうけど、冷静にいろいろ考えすぎると虚しくなる。だから、僕としては、がむしゃらに頑張って自分が満足できて人の役にたつことをしていくことにした。僕にとって無理にでもそういう状況に持ち込むのがいいのだろうと思ったし、何かいろいろ気づくことも多いだろう。

 

 

 

そして人生の美しさはを手に入れるには、大変なこともあるし苦労も多いし、しんどいと思う。しかし、なぜかそういうものには美しさを感じる。人間はそんなふうに感じるものなのかもしれないし、本当の美しさの中に本当の楽しさが入っているのかもしれない。そして本当のたのしさというのは簡単には手に入らないのかもしれない、金を大量に持っていたとしても、本当の楽しさを味合うのは大変だし、僕には味合う自信がない。

 

 

もしかしたら美しい人生を生きていく中で、いっときに本当の幸せというか楽しさを味合うというのが人生の醍醐味なのかもしれない。そういう幸せや楽しみが確実に手に入るかは確証がないけど、ある意味そういう人生を生きるのも面白いかもしれない。

 

 

 

正直、ある程度人生において最適な戦略をとり、少し頭を使えば、苦労を避けて生きて行く方法もある程度現代だと出来ると思うし、僕はそういう選択をとるのも全然ありだと思う。だけど、僕はそういう選択を取らずに僕が美しいと思う選択をとることにする。それが僕には合っているのかなと思ったからだ。

 

 

 

そしてこれから生きていく中で心に留めておきたい事は、幸せを感じている瞬間や楽しさを感じている瞬間をしっかりと噛み締めるという事だ。楽しいなあとか嬉しいなあとか感じている時というのはなんというか当たり前に楽しいと感じてしまっている。そして時間が経つとその時の楽しさや幸せというのは、かけがいのないものだったのだと気がつく。なんか僕はその時には当たり前に幸せや楽しいとか思っている事を、後々になるともっと幸せを感じられたし、もっと楽しめたのではないかとか考えてしまうところがあるし、少し後悔してしまうこともある。

 

 

 

だから、そういうのはやっぱり意識して、幸せや楽しさを特別で、かけがいのない貴重なものとしっかり認識して、その瞬間を本気で味あわなければいけないのではないかと思う。そうやって人生を生きていく事が美しいことなのかもしれないと考えたし、そういうふうに生きていく中で、本当に幸せだなあとか本当に楽しいなあとか思えるのかもしれないし、味合う事が出来るのかもしれないと思った。だから、人生の本当の楽しさは美しさの中にあるのではないかと思う。

 

 

 おすすめ本です。結構前に読んだけど、いろいろ考えさせられる本だったし、すごい良かったし感動した。

どうやら俺の人生には、今後何一つ良いことがないらしい。寿命の“査定価格”が一年につき一万円ぽっちだったのは、そのせいだ。未来を悲観して寿命の大半を売り払った俺は、僅かな余生で幸せを掴もうと躍起になるが、何をやっても裏目に出る。空回りし続ける俺を醒めた目で見つめる、「監視員」のミヤギ。彼女の為に生きることこそが一番の幸せなのだと気付く頃には、俺の寿命は二か月を切っていた。ウェブで大人気のエピソードがついに文庫化。

三日間の幸福 (メディアワークス文庫)
 

 

他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!!

パッションが大事な理由と教育

僕はパッション(情熱)はめちゃくちゃ大事だと思う。なぜか日本ではパッションは軽視されているけど、これからはパッションをもっと大事にするべきだし、尊重すべきだろう。

 

 

パッションがなければ新しいことは作り出せないし、人を巻き込むこともできない。社会の理不尽な仕組みや、悲惨な状態にいる人、苦しんでいる人を助けることはできない。日本ではパッションが軽視されすぎている。

 

 

 

もっと子供の頃からの教育でパッションを尊重すべきだし、褒めて伸ばすべきだろう。「もっととんがれ、もっととんがれ」と子供達の個性を伸ばすべきだろう。そして社会を良くしていこうと考え、そして行動し、解決できる人材を増やすべきだろう。

 

 

 

今の日本の教育はわかりやすく見えることだけで評価し、一つの評価軸で子供達を評価する。本当にアホな仕組みだ。なぜ気がつかいない人が多いのだろうか?はっきりいって今の教育の仕組みを作っている人たちは世代が違いすぎるので、今に最適な教育が分かるはずがないし、的外れなことばかり言っている。

 

 

 

画一的な人材は今の時代には合わないし、何か一つ、子供達の好きなことがで突出している方がこれからの社会では役に立つし、確実に幸せになれる。今の教育は高度経済成長の時代まではいい仕組みだったのだろう。反発せずに、平均的には何でもそれなりにできる人材は扱かいやすいからだ。

 

 

 

はっきりいって若い世代は今の時代を一番理解しているし、これから何が必要なのか、どんな能力が必要なのかを理解している。別に僕は自分が若いからそんなことを言っているのではない。それは歴史を紐解いても事実だからだ、情報感度が違うし社会の捉え方が違う(若い世代で今の社会に溶け込めないのはある意味しっかりとした感覚をもっているのだろう、本当の幸せを考えているのだろう)。傲慢に聞こえるだろうが僕はそう思うし、僕は10年後、30歳になったら、社会の状況を10代や20代になんでも聞くだろう。なぜかというとそれが今の社会を理解することに必須だと感じるからだ。

 

 

 

僕はいろいろ敏感だし感受性が高いのだろう。困っている人や社会で辛い思いをしている人、社会のひどい仕組み、などを見るとどうしようもなく感じて絶望感を感じたり、怒りを感じたり、解決しなければいけないと感じる。僕はそういう人の立場に立ちたい。寄り添いたい、状況を解決するために力になりたいと本気で思うし、解決のために自分を本気で使いたい。

 

 

 

 

ある意味僕がこの文を書いているのも、ある意味日本の教育への反発で書いているのだろう。子供じみていて、青臭くて、痛い人に見えるかもしれない。たぶん多くの人には僕が本当に言いたいことは伝わらないだろう。ただ、社会に対して「こうしていきたい、こうすべきだ、辛い思いや苦しんでいる人がいる社会なんておかしい」って思っているような情熱をなぜ評価する軸がないのだろう。僕は日本のくだらない学校教育でも評価されたが、一つも嬉しくなかった。なんでこんなくだらないことで評価しているんだ。もっと個性で評価されるべきだ。人を一つの評価軸で評価する仕組みっておかしいし、目に見えるものだけで評価するなんておかしいと思わないのだろうか。

 

 

 

絵が得意な人はそれを褒めて、もっととんがれ、もっと描きまくれ、動物が好きな子は図鑑を読ませるとか飼育などをたくさんやらせればいいし、とにかく好きなことを伸ばす。それがいい教育だと思うし、自分で知りたいことを学び、考えて試行錯誤していく中で問題を解決できる能力が身につくのだと思う。

 

 

 

僕はそういう一つの評価軸のせいで辛い思いを抱えていたり、自分はダメなんだって子供たちに思わせる学校教育は罪だと思うし、学校教育にうまく適用しただけの人が偉そうにしている現状に腹が立つ。正直、それは本当の優秀さではないし、クリエイティビティーがあるかどうかは別だ。実際のところそういう偉そうにしている層が今の日本を作りあげたし、結果として今の現状だ。

 

 

 

「こいつは何もわかっていないな、それじゃ現実通用しないだろ」っていう人も出てくるだろうが、僕は社会で通用する能力を今の学校教育で身につけることなんてできないと思っているし真面目に学校教育で身につけたと思っているのか?形のないくだらない肩書きだけだろって思う。というか役に立った人いるの?今の時代はやりたいことがあれば、だるい教育受けるより、ネットでググって、本読んで、体験して技術を学ぶのが一番早いしわざわざ教わる必要がない。

 

 

 

しかも社会で必要な能力って学校教育とは関連性がないというか、ある意味、真逆の能力だよね。世の中の問題に答えは一つじゃない。いろいろなアプローチがあるし、正解なんてない。なのになんで今の教育は暗記してそれを正確にアウトプットするだけの意味のないことをやらせるのだろうか?、数学は論理思考を鍛えるだ?、もっともらしいけど、僕は論理思考を鍛えるなら将棋をやれば一瞬で身につくと思うし、論理思考が必要な問題のレベルに到達するのって相当難しい問題くらいじゃないか?って思う、基本は解法暗記で解けてしまうし、先生に数学は論理思考云々と言われた時には、何言ってんだ?って思った。

 

 

 

だから本当に謎だ。暗記競争なんてググればいいし、人工知能にやらせればいいだろって思う(現代はググってからが勝負だ)。人間らしさがない、もっとクリエイティブで個人個人の好奇心にそってやりたいことをやらせれた方がいいに決まっている。

 

 

 

しかも、僕は今の会社の多くは市場を奪い合い、生き残りだ、サバイバルだと社会のためとか何にも考えていない会社もたくさんあると思う。正直いってサバイバルを本気でしないといきのこれない会社はどうなんだろうって思う。もっとクリエイティブに新しいことに挑戦しろよ、社会に良いことしろよ、現状維持ばっかすんなよって思うけど、会社の仕組み上、上層部は既得権になる場合が多く尖った人材は潰されたり、理解されなかったりされる場合も多いのだろうし上がれる仕組みがないから大変なのだろう。

 

 

 

まあ、ベンチャーも結構、そういうのあると思うしね、なんで入った順番とか年齢とか大事なんだろうね、くだらないなあとは思うけどね。あと、こう言うこと書くと生意気だって言われるんだよね、まあ僕はそういうところには行かないしごめんだ、選択肢からないからいいけど、でもそういうとこ改善した方が絶対よくなるとは思う(あと僕は、自分の目的のためならそういうのも我慢していこうと思っているし、なんでも生意気ではない、ただ正直ではいたい)。

 

 

 

そして僕たちは、日頃から悲惨な状況やひどい仕組み、苦しんでいる人々を見ても、見てみぬふりをしている人も多いと思う。目の前の人、一人を助けたところで、同じ境遇にいる人全てを助けることはできないだろう、自己満で偽善者になってしまうと考え、見てみぬふりをしてしまう人も多いだろう。

 

 

 

僕はそういうことに関して思うのは、そんなの関係ねえよ、目の前の人をつべこべ言わずに助ければいいじゃんって思う。そういう態度は論理的でないし自己満で偽善者だと思われるかもしれないけど、別に僕はいいと思う。「あの人だけを助けても、全員は助けられないんだから悲しいけど手を差し伸べられません」とかさ、そんなことはどうでもいいし、とにかく目の前の人を助ければいい。

 

 

 

「こいつ感情論で青臭いなあ」とか思われそうだけど、僕は論理思考だけを過剰に賞賛する社会の風潮はおかしいと思うし、危険だと考えている。感情から生まれるパッションが大事だと考える。まあ、どうせ理解してくれる層はすくないのだろう。まあ僕の考えに反論したい人や批判したい人が多いことはわかっている。まあこういう考えで僕は生きているので、理解されないことも多々あるのでね、まあ今後考えは変わる可能性は大いにあるけどね。

 

 

 

ただ僕は社会の風潮に反発したから気付いたこととか学べたこととか、パッションも強くなったというのもあるしね。でも僕みたいな感性の子供や、暗記は得意じゃないけど他のところですごい個性や特技を持っている子を学校教育で潰されるのはさけたい。僕みたいな感性の子もあんまりいないけど、たまにいるんだよね、ブログ上とかでもこの人なんか似てるなとか思う人もいるし。それと評価を一つにしないでたくさん作った方がいいと思うし、例えばなんだけど、絵がめちゃくちゃ上手で創造性が高い人がなぜ日本の教育では評価されないんだ。なぜ暗記して正確にアウトプットする能力が高い人だけが評価されるんだ。

 

 

 

「それは公平だろ、努力次第だからな」という反論はあるだろうが、まあ理解されないと思うけど、それが公平なのか?って思う(目に見えてわかりやすい、暗記し正確にアウトプットするだけの能力、感性やパッション、創造性、性格なども含むべきだ)。全く公平じゃない、ペーパーテストが公平かよ(笑)、ただ公平だろって感じちゃう人は僕の言う公平じゃないの真意は理解できない人なのであきらめるか。

 

 

 

というか僕は今ブログを書いていて本当に日本の教育が合わないんだなと身にしみて感じる。僕は記憶力はすごいよかったから暗記は楽だったけどさ。それなのにこんな反発している。はあ、まあしょうがない、仕方ない、将来子供の個性を伸ばす教育にも関われたらいいなあと思うし、関わろう。とにかく勢いで書きまくってしまった。

 

 

 

まあとにかく、パッションが大事だと思うことを自己満で書きたかった、反論もあるし、こいつはわかっていない、クソだなとか思う人もいるだろうけど、まあ僕のような考えがあったって別にいいよね、僕は他の考えも尊重する。

 

 

とにかく大人は子供のパッションを絶対に潰してはいけないし、パッションを無くさせたりするのは本当に罪だと思う。僕も年を取っていくし、年齢を重ねていっても絶対に若い人のパッションは潰さいないで伸ばしていきたいと思う。まあ多分大丈夫だ。十分、意味のわからない大人たちとは関わってきたからね。パッションは大事!!

 

 本文とは何も関係ありません。

(日めくり)まいにち、修造!

(日めくり)まいにち、修造!

 

 おすすめ本です。伊藤穣一さんの考えはすごい好きだ。

「ひらめき」を生む技術 (角川EPUB選書)

「ひらめき」を生む技術 (角川EPUB選書)

 

 

 他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!!

 

2016年に読んだおすすめの面白い本20冊をランキングで紹介します

これから僕が今まで読んだなかでおすすめで面白かった本をランキングで紹介します。なんか面白い本ないかなと思った時の参考にしていただけると嬉しいです。僕は本を読むことが好きなので、面白いおすすめ本があったら教えてほしいです。それでは紹介していきます。

 

1.ゼロからトースターを作ってみた  

面白すぎて、めちゃくちゃ笑える本だ。ゼロからトースターを作るというのは原材料からだ、鉱山に行って地中を掘って、鉱石から抽出していく、読みながら何回も笑った。自信をもっておすすめできる本だ。この本の魅力を説明するために前書きを紹介しようと思う。

 

やあ。僕の名前はトーマス・トウェイツ。この度、僕はトースターを作ったんだ。時間にして9カ月、移動距離にして3060キロ、そして金額にして1187.54ポンド(約15万円)をかけて。ただの電気トースターに費やすには、明らかに多すぎる「出費」だ。でも、僕はただトースターを作ったわけじゃない。本当に作ったんだ。地中から原材料を掘り起こすところから始めて、お店に行けば4ポンド以下で手に入る、あのパンを焼く機械を作った。

 2.非道に生きる

こんなの映画じゃない。『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』……性・暴力・震災など現実に切り込む衝撃作で賛否両論を巻き起こし続け、最新作『希望の国』では日本最大のタブー、原発問題に真っ向から挑んだ鬼才映画監督・園子温(その・しおん)。社会の暗部を容赦なく明るみに出す刺激の強すぎる作家が「映画のような」壮絶な人生とともに、極端を貫いて道なき道を生き抜いた先の希望を語る。

 

極端は人を惹きつける。とにかくエピソード過激で強烈だ。そしてめちゃくちゃ面白い。小学校時代にはなぜ服を着なければいけないのか?と疑問を持ち裸で学校に登校したり、とにかく強烈だ。現代では空気を読んで自分を押し殺すよう求められる世の中だけに、現代人には本当におすすめの本だ。 

  3.嫌われる勇気

本書は、フロイトユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、「青年と哲人の対話篇」という物語形式を用いてまとめた一冊です。欧米で絶大な支持を誇るアドラー心理学は、「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに、きわめてシンプルかつ具体的な“答え”を提示します。この世界のひとつの真理とも言うべき、アドラーの思想を知って、あなたのこれからの人生はどう変わるのか?もしくは、なにも変わらないのか…。さあ、青年と共に「扉」の先へと進みましょう―。

 

ものすごい反響のあったベストセラー嫌われる勇気。アドラーは「人間の悩みは全て対人関係の悩みである」と断言して青年と対話形式で議論していくのだけど、すごい読みやすくアドラー心理学のことがよくわかった。自由とは嫌われることである。この意味がこの本を読むことでわかるだろう。

4.ウケる技術

 相手を笑わせること。それはビジネスや恋愛を成功に導く非常に重要な戦術です。「自分は面白くないから」と嘆くのはまだ早い。本書は、笑いが生じる場面を詳細に分析し、それを応用可能な「技術」として体系化した、コミュニケーションの教科書なのです。これを読んでスキルを身につけたなら、あなたも必ず「ウケる人」になれるはず。文庫化にあたり増補された「メール篇」も必読。

 

この本は読み物としてめちゃくちゃ笑った。笑いを技術にして説明した本。これ読んでいくと芸人さんが使っているテクニックとかがまとめられているなあと思う。実際にこれをマスターして切れ味鋭く使えるようになるかは別だけどとにかく面白すぎた。笑いをとりたいと思っている方にはおすすめです。

5.ご冗談でしょう、ファインマンさん

少年時代より変わらぬ,あくなき探求心といたずらっ気….20世紀を代表する物理学者が,奇想天外な話題に満ちた自らの人生をユーモアたっぷりに語る.ノーベル賞受賞をめぐる顛末,また初来日の時の“こだわり”など,愉快なエピソードのなかに,とらわれぬ発想と科学への真摯な情熱を伝える好読物. 

とにかくいろんなことに好奇心をもってやりたいことや好きなことを徹底的にしていこうと思える本だ。とにかくめちゃくちゃ面白いので読んだことない人は是非読んでみてほしい。

6.砂漠

入学した大学で出会った5人の男女。ボウリング、合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、超能力対決…。共に経験した出来事や事件が、互いの絆を深め、それぞれ成長させてゆく。自らの未熟さに悩み、過剰さを持て余し、それでも何かを求めて手探りで先へ進もうとする青春時代。二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編小説。

 

僕が伊坂幸太郎さんの本のなかで一番すきな作品だ。この作品の見どころを一言で説明すると「西島ぶっとんでるよ、カッケーよ」だと思う。読んだことない人には西島のかっこよさを味わってほしいと思う。西島のかっこよさを表している言葉を紹介する。

 

麻雀知らない人のために言いますけどね、麻雀にはピンフって役があるんですよ。平和って書いて、ピンフなんだけど、俺はね、そのピンフを一生懸命作っていたんですよ。平和を願ってピンフを、点数安いのに、頑張って作ってるのにね、まわりのオヤジたちがどんどん、邪魔して、俺を負かすんですよ。俺は、世界を平和にしようとしているのに。これ、おかしいですよね」

 

「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」

 

7.人工知能は人間を超えるか

 グーグルやフェイスブックが開発にしのぎを削る人工知能。日本トップクラスの研究者の一人である著者が、最新技術「ディープラーニング」とこれまでの知的格闘を解きほぐし、知能とは何か、人間とは何かを問い直す。

 

最近はいろいろなところで人工知能の話題を聞くと思う。仕事も人工知能に置き換わっていくし、IBMのワトソンはクイズチャンピョンに勝ったし、将棋もプロは負けたし囲碁も最近負けたの!?やっぱ人工知能はすごいよね、でも軍事問題は危なそう。でも僕たち人間はどんなことなら勝てるのだろうか?暗記競争なんて人工知能にやらせればいいし、IQだって人工知能に比べたら人間なんて低すぎて人間の間では大差ない。じゃあ人間はどうすればいいの?って僕は思ってこの本を読んだ。これからの社会を生きていく上で必須の知識になっていくと思う。

 8.ひとりぼっちを笑うな

小さな頃から「分相応」的なものに自分らしさを感じ、「他人に害を与えない」ことを一番大事に考えてきた。友達だって少ないかもしれないけれど、別に悪いことでもないと思う。蛭子流・内向的な人間のための幸福論。

 

この本は内向的な人を勇気づける、是非読んでみてほしい本だ。僕はこの本を読んで蛭子さんの考えに共感する部分が多くあった。この本を読んで改めて思ったけど、蛭子さんはめちゃくちゃ賢いし自分の中でしっかりとした哲学をもっている。本を読んで印象に残ったところを紹介する。

 

とにかく僕、蛭子能収は、誰かに束縛されたり、自由を脅かされることがなによりも嫌い。誰もが自由に意見できる世の中こそが、一番いいと思っているから。人は自由でいることが一番いいと思う。もっと言えば、自由であるべきだとも思っている。そのためには”群れ”のなかに、自分の身を置いてはいけません。なぜかって?それは、無言の圧力を感じるのは、その人が”群れ”の一員でいるからです。

 

人間の魅力というのは、その人が所属している集団から生まれるのではなく、あくまでもその人自身の技量や性格から生まれるもの。その本質だけは、見誤ってはいけないと思います

 

9.ニートの歩き方

ニート」でも「無職」でも「ひきこもり」でも,会社を辞めても仕事をしてなくても,幸せに生きることはできる。こんなに文明や技術が発達した世の中,インターネットさえあれば,昔ながらの固定した生き方に縛られる必要なんてない。

日本一有名なニートが語る,お金がなくても無理なく楽しく暮らすための生き方と考え方。会社や国やこれまでの常識が信じられなくなった今を生き抜くための「ニート」なヒントが満載です!

 

 

著者はパソコンやネットが好きな人が集まって暮らすシェアハウス「ギークハウスプロジェクト」発起人のPhaさん。この本ではニートの生活や考え方、そして働かないという選択肢もありで、もっと自分らしく生きようと思わせてくれる本だ。本のなかで印象に残ったところを紹介する。

 

働きたくない人はニートになってもいいし、働きたい人は働いてもいい。一旦ニートになった人がまた労働者になることも、労働者がちょっと疲れたらしばらくニートをやるようなことも、どちらでも気軽に選べるような社会が理想的な社会だと思う。

 

世の中が実用的なものばっかりだと息が詰まるし、無駄に見えるようなものがたくさんあるからこそ、社会に余裕ができたり、世界の多様性が保たれたり、混沌の中から今までにないような新しいものが生まれたりするのだ。ふらふらしてわけ分かんないことをしている人間がたくさんいれば、世界はもっと豊かになるはずだ。

 

10.本音で生きる

プライドを捨てろ!周りを気にして本音を言えずに生きている方、自分のやりたいことに踏み出せない方は、多いと思います。この本の著者である堀江貴文氏(ホリエモン)は、徹底的に言うべきことを言い、やるべきことをやるという生き方。それになぜか魅かれる方も多いのではないでしょうか。本書では、生き急いでいるようにも見える堀江氏に、人生を後悔しない生き方のヒントをいただきました。プライド、言い訳、バランス……。どんな方でも、自分を生きにくくしているものに、きっと気づくはずです。 

 

僕は堀江さんが好きだ。堀江さんは本音を正直にいうし、めちゃくちゃ努力家だ。堀江さんの本を読むといつも新たな発見があるし、いろいろ気がつくことがある。僕も自分の人生を後悔しないように、やりたいことをやって生きていこうと思う。

 

11. シェアリング・エコノミー 

これが、グーグルを本気にさせた次世代ビジネス戦略だ!

P2P宿泊サービス、ライドシェア、カーシェア、クラウドソーシングなど、テクノロジーの進歩が可能にした「新しい取引」の実態と、
急成長するサービスの仕組み、台頭する注目企業の動きを明らかにする。

 

2015年頃からシェアリングエコノミーという単語を聞いたり、見たりした人も多いと思うが、シェアリングエコノミーとは(専門的ではない)ネットの普及やスマホ率の増加などによって、可能になったモノやサービス、お金などを交換、共有することによって成り立つ経済の仕組みのことを言うのだけど、良く言われる代表的なサービスでいうとAirbnbUberなどがある、他に僕がいいなあと思うサービスだと、アズママ、キッズライン、Anytimes などがある。

 この本を読むとシェアリングエコノミーとは何か?何がそれを可能にした?既存産業や経済にどのように影響がある?規制や労働は?などすごい全体的によくまとまっているし、この本読むだけで、シェアリングエコノミーについて自信を持って話せるようになるという素晴らしい本だ。まあ、まだまだシェアリングエコノミーを理解してできるビジネスって山ほどあるだろうし、間違いなくこれからもキーワードになると思うので一読を自信をもっておすすめできる本です。

12. 頭は「本の読み方」で磨かれる

最新テクノロジーから、文学、芸術、経済学にいたるまで、縦横無尽の知識と鋭い知性を持った脳科学者の「頭の中」を明らかにする、完全読書ガイド! 

  僕が大尊敬する茂木健一郎さんが本の読み方について書いた本。この本には茂木さんのおすすめする本もたくさん載っているのですごいお得な本だ。そして茂木さんの読書についての考えや本の読み方がわかって大変よかった。

 13.地域再生の失敗学

●「人口減」前提のプランを立てよ

ゆるキャラB級グルメは無駄

●「活性化か消滅か」ではない選択肢を

●ここにしかない魅力を徹底的に磨け! 

気鋭の経済学者が、一線級の研究者、事業家、政治家たちと徹底議論し、今本当に必要な「正しい考え方」を示す

 

 地位活性化の分野において今は第一人者といってもいい木下斉さんや明治大の飯田さんなどが著者の一人である本。飯田さんと木下さんの対談は特に面白かった。やはり自分でリスクをとらないと何も変わらないことを再認識した。地域でビジネスを起こしたい人や地域活性化に貢献したい人は是非読むべきだろう。

 

 14.人は誰もが「多重人格」

人は、誰もが、心の中に「幾つもの人格」を持った「多重人格」です。

しかし、通常は、仕事や生活の状況や場面に合わせて、

その「多重人格」の中から、ある人格を選び、働き、生活しています。
しかし、自分の中に隠れている「幾つもの人格」に気がつき、
それらに光を当て、意識的に育て、
状況や場面に応じて適切な人格で処することを覚えるならば、
自然に「幾つもの才能」が開花していきます。

 

田坂広志さんは僕が特に尊敬している人だ。田坂さんの本は何冊も読んでいるし、田坂さんのような人間になりたいと思っている。田坂さんのこの本は才能を開花させる方法を説得力を持って展開されている。是非読んでみてほしい本だ。

 15.超一流の雑談力

あたりさわりのない無意味な雑談ではなく、「意味のある雑談をすれば、仕事や人間関係が変わる」。そんなメッセージのもと、雑談力を高める方法を具体的、実践的に解説したのが本書です。たとえば、「声は、ドレミファソラシドの『ファ』か『ソ』」「『なるほどですね』『そうですね』は話を聞いていない人の反応」「『なぜですか?』は愚問」など、全38項目でそのテクニックを紹介していきます。さらに、日常で雑談力を鍛えるためのトレーニング方法も収録しており、初心者からある程度話し方に自信がある人まで、すぐに実践できるノウハウが詰まった一冊です。

相当うれたベストセラー本。やはり売れるには訳があるなあと読んで思った。どんな風に雑談したらいいかわからないという人は是非読んでみると得るものが多いと感じるだろう。 

 16.女子高生社長、経営を学ぶ

これは「希望」と「勇気」の書だ。

中学3年のクリスマスの朝、私は起業を決意した。
目指すは上場。そして起業は「人生の勉強」だったーー。 

 

 女子高生社長として大変話題になった椎木里佳さんの本。レビューだと批判とかも多いみたいだけど、僕はこの本からすごく大切な事をたくさん学んだ。年齢もすごく近い椎木さんの考えを知る事で勇気をもらったし、行動の大切さについて改めて気づいた。そして椎木さんはほんとうにメンタル強いなあと僕はいつも感心してしまう。僕もメンタル強くして頑張っていこうと思った。若くて何かやりたい。起業したいという人は是非読んでみてほしい。

 17.社会をちょっと変えてみた

子供が保育園に入れない! クラブは深夜営業禁止って本当? 障害者が自立して暮らすには? 身近に転がるそんな不都合を自分で解決する方法、ロビイング。「ふつうの人」が、どう「政治」を動かしたのか。七つの実例と、極意マニュアルの二本立てで、選挙でも、デモでもない社会の変え方教えます!

 駒崎弘樹さんの本。社会起業に興味ある人や社会貢献したいって思う人であれば、駒崎さんの本をまず読んでみればいいのではないかと僕は思う。自信をもっておすすめできる本だ。

18.本を読む人だけが手にするもの

あなたは「なんで、本を読んだほうがいいのか?」という質問に答えられますか?親や先生は「本を読みなさい」と言いますが、その素朴な疑問にきちんと答えられる人は少ないのではないでしょうか。

本書は、「人生における読書の効能」について、リクルート社で初のフェローや東京都の義務教育で初の民間校長を務め、「よのなか科」という現実社会と教育をリンクさせた大人気の授業やベストセラーで知られる藤原和博氏がひも解いていきます。

藤原和博さんの読書についての本。この本読むと読書のやる気がめちゃくちゃ湧いてくるし、本ってすごいなあ、読まないとヤバイよって思う。それとこの本の中には藤原さんおすすめの本の紹介もたくさんあるので、2倍お得です。 

 19.独立国家のつくりかた

現政府に文句があるなら、勝手につくっちゃえばいい! 東日本大震災後に熊本に新政府を設立し、初代内閣総理大臣に就任した男が明かす、いまを生きのびるための技術とは? 何も壊す必要などない。ただ、あらゆる常識を根底から疑い、歩きかたを変えてみる。視点を変えてみる。そして、思考しつづける。それだけで世界はまったく別の相貌を見せ始める。ここには希望しかない!

 独特の感性を持つ坂口さんの本。読んでみると世界観にはまると思う。おすすめです。

 20.幸せになる勇気

3年ぶりに哲人を訪ねた青年が語る衝撃の告白。それは「アドラーを捨てるべきか否か」という苦悩だった。アドラー心理学は机上の空論だとする彼に「貴方はアドラーを誤解している」と哲人は答える。アドラーの言う、誰もが幸せに生きるためにすべき「人生最大の選択」とは何か?貴方の人生を一変させる哲学問答、再び!

 

 

 嫌われる勇気も最高だったけど、幸せになる勇気もすごくよかった。是非読んでほしい名著だと思う。

 

以上で僕が面白いと思う本を10冊ランキングで選んでみたのですが、これ読みたいなと思える本はありましたか?もしも、これ読んでみたいって本があればうれしいです。他にこの本めちゃくちゃ面白いからおすすめだよ!って本があったら教えてください。

 

他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!! 

【Amazonで買える】おしゃれなMacBook Airのステッカー(シール)を25つ厳選してみた。

 

僕はPCはMacBookAir13インチをメインに使っているんですけど、おしゃれでカッコいいステッカーを貼りたいなあって思っていたので、Amazonで調べておしゃれだなと思うMacBookAir13インチのステッカー(一部MacBookにも対応もあり)を25つ厳選して選んでみました。

 

やっぱりMac使うならステッカーは貼りたいですよね。それとこれからAppleのマークをりんごと表す可能性がございますがご了承ください。

それと基本的にはMacBookAir13インチ対応のリンクなので、購入する場合はサイズの確認を必ずお願いします。

 

 

 白雪姫

【白雪姫 ノーマルver. Mac book Air 13インチ 対応 ステッカー】
 

 白雪姫がカラーでいいと思う。やっぱりディズニーはいいね。白雪姫にりんごという相性のよさはステッカーつけているだけで、ネタとしても役立つ可能性あり!!

 

 ミニオン

 

ミニオンズの動きが可愛い。これ見てたら元気でるよ。 

 

 

 となりのトトロ

MacBook Air / Pro マックブック ステッカー シール となりのトトロ M45

MacBook Air / Pro マックブック ステッカー シール となりのトトロ M45

 

 トトロ好きな人はこれで決まりでしょ!!

 

 

 ヘッドフォン

Design wraplus for Macbook Air Pro 【ヘッドフォン】 アートステッカー 黒
 

 音楽好きな人にはおすすめ。クールでかっこいい。

 

 人魚姫アリエル

 アリエルがりんごを持っているという、Appleとアリエルのコラボが素晴らしい。

 

 ダースベイダー

 スターウォーズが好きな人はダースベイダーでしょ。りんご食べようとしているのかな?

 

コービー・ブライアント

NBAのスーパースター、コービーのステッカーだ。 バスケ好きならコービーでいこう。レイカーズで本当に活躍してたよね。りんごをシュートしているなあ。

 

 レブロン・ジェームズ

 レブロンジェームズもあった。本当にレブロンは最強だったよ。りんごをドリブルするというセンスは最強だ。

 

 アイアンマン

 アイアンマン好きな人にはいいと思う。これめっちゃかっこいいな。

 

 鳥かご

Macbook Air Macbook Pro ステッカー スキンシール 鳥かご 鳥 M519

Macbook Air Macbook Pro ステッカー スキンシール 鳥かご 鳥 M519

 

 小鳥が可愛いし、おしゃれなところがいい。

 

 黒猫

Macbook Air Macbook Pro ステッカー スキンシール キャット アップル 黒猫  M620
 

 黒猫がりんごを抱いているところが可愛い。シンプルなところもいい。

 

 バックス・バニー

 これ全体のバランスもいいし、おしゃれだなあ。

 

 

 テッド

Apple Macbook ステッカー スキンシール TED テッド クマ 熊 くま TED BEAR M443
 

 テッドは映画だと毒舌だけど、やっぱり可愛い。

 

 木の枝にトトロ

 シンプルかつおしゃれでいいね。トトロいいね

 

 ミッキーハンド

 シンプルでいいと思う。ミッキーの存在感は手だけでも素晴らしい。

 

 ジョーカー

 ジョーカー、クールな印象なのがいい。

 

 

 スヌーピー

 全体的におしゃれでいい。これ見てると落ち着く。

 

 ピンクパンサー

 色の組み合わせが個性あふれていておしゃれだなあ。

 

 

キャットウーマン

 りんごを取ろうとしているキャットウーマンがクールでかっこいい。

 

 

 ザ・シンプソンズ

 配置といい色味といいおしゃれだ。カラーなのはいいなあ。黄色がいいアクセントになっている。

 

 バンクシーモンキー

りんごのエプロンしているところが可愛い。アップルマークとコラボしているところがいいね。 

 

 ヨッシー

 ヨッシーがりんごを飲み込もうとしている。ヨッシーらしさが出ている。ヨッシー好きな人にはおすすめ。

 ジジ

 これすごいおしゃれ。魔女の宅急便がすきな人はおすすめ。ジジが可愛いなあ。

 

 ミュージックガール

 音楽好きな人にはおすすめ。スッテカーもクールでかっこいい。

 

 アップルジュース

 これいいな。MacBookAirからのりんごジュースという面白さ。ネタにもなると思う。

 

ここまでで25つ紹介してきましたがこのステッカーいいなあって思うものはありましたか?ちなみにステッカーをもう張っている人は何を張っているのだろうか?僕はディズニーかジブリのステッカーを買おうと思います。MacBookAirのステッカーは探すのが結構大変だと思うので参考にしてもらえたら嬉しいです。そしておしゃれで素敵なステッカーを貼ってMacBookAirを楽しく使っていきましょう!!

 他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!

なぜお菓子メーカーの人はバレンタインデーを女性から男性にチョコを贈ると決めたのか?

なぜお菓子メーカーの人はバレンタインデーを女性から男性にチョコを贈るように決めたのか?僕はふと疑問に思った。お菓子メーカーとしてはバレンタインデーを日本で広めたのは会社の利益を上げるためだ。これは言うまでもない。でも僕が思ったのは、もしも女性から男性にチョコを贈るというキャンペーンを男性から女性に贈るキャンペーンにするとか、思いを寄せている人にチョコを贈るというキャンペーン(これは男女双方が贈ることができるという意味)にしたほうが利益が上がったのではないかと思ったからだ。

 

 

僕はバレンタインデーというのは素晴らしいイベントだし、都合のいいきっかけにもなるとも思っているので、お菓子メーカーがぼろ儲けをしていて、策略がまんまとはまっていたとしてもバレンタインデーは日本人の一つのイベントとして良いものだと思うので無くなって欲しくはないしこのまま続いて欲しいと思う(僕がどう思おうと関係ないしバレンタインは続いていくだろう・・・)。

 

 

 

なのでここではなぜお菓子メーカーは女性から男性にチョコを贈ると決めたのか?疑問に思ったので書いていこうと思う。書こうと思った動機は男性から女性に贈るイベントとか男女双方が贈るイベントにしたほうが利益上がるんじゃないのかと思ったからだ(本当にどうでもいいことだけどね、なんで僕はこんなこと書いているのだろうか?)

 

 

 

僕は一度疑問に思うと調べないと気が済まなくなるのバレンタインの始まりをググって調べてみたんだけど、名前の由来としてはバレンティヌスという人が関係しているらしく、始まりは1958年に東京のデパートでチョコレートメーカーが行ったキャンペーンが始まりらしい。

 

 

そして女性から男性にチョコレートを贈るのは日本独自の習慣らしく、欧米では恋人や家族、友達などがお互いにカードや花束、お菓子(チョコでなくてOK)などを贈るらしい(サイトによっては欧米は男性が女性に贈ると書いてあるサイトもあった・・)。

 

 

調べてみるといろいろわかってよかった。そして日本のお菓子メーカーはチョコを贈るというのを定着させたのは優秀なのではないかと思う。始まりが1958年ということもあり、女性から男性に贈るという風潮を作るという戦略が正しいのかは確証がないけど、デパートには女性ばかりでマーケティング的にはしやすかったのだと思う(ただ男性をターゲットにしたマーケティングだって可能だろうけど女性よりは大変なのかな)。

 

 

 

僕にとって1958年とか全然想像できない。だってネットなかったんでしょ(すごい不思議なんだよね、ネットない世の中って、なんかスゲーよ)他にも風潮とか常識とかも全然違っただろうし。僕なんか生まれた時からネットがあるのが当たり前だったからねえ。マーケティングとか大変だったろうなあ。

 

 

 

それとさ、1958年って告白は男性からするものみたいな風潮って強かったとおもうんだけど違うのかな?たぶん感覚的に亭主関白みたいなのが男だみたいな今とはまったく違う感覚があったと思うのだけど、そのような風潮で女性から男性にチョコを送りましょうみたいなキャンペーンってすごいなあと思う(すぐに定着したのかは微妙らしい)。

 

 

 

これがもしも男性から女性にチョコを贈るというキャンペーンをやっていたら今の世の中はどうなったのかなあ?と疑問に思う。もしかしたら、特に1958年だから男性はチョコを買いまくって女性に贈りまくったかもしれないし(勝手な僕の予想)、まったく定着しなかったかもしれない。もしかしたら長いスパンで見ると、人口とかの増減とかも変わったかもしれないし、社会的な風潮も全然変わっていたかもしれない。(もしかしたら関係があるかも)

 

 

 

そう考えていくとなんかすごい(僕だけかな・・)。バタフライエフェクト(ほんの些細なことが徐々にとんでもなく大きな出来事になること)という言葉があるけど、1958年にお菓子メーカーが違うキャンペーンを送っていればまったく違う風潮になったり、人口なども変わっているかもしれない。第一次世界大戦だって始まりはサラエボ事件がきっかけだし(普通はサラエボ事件がきっかけで大規模な戦争になるなんて思えないよ。もしもサラエボ事件が起きなければ第一次世界大戦は起こらなかったかもしれない)。些細な違いや偶然で世の中は大きく変わっていくというところが凄いところでもあるし怖いところでもある。

 

 

最近ではバレンタインデーは義理チョコや友チョコ、逆チョコなどいろいろあるが、今の現状を見てみると、友チョコとか義理チョコとかを買うのは女性の方が向いていると思うし、もしも1958年にキャンペーンの企画を考えた人が2016年とかの事を想像してキャンペーンを行ったのならもの凄いと思う。でも1958年って風潮的にきついと思うんだけどそんなことないのか(うまくやったのかなあ、というか男から贈るとかなると面倒だなあとか思う男性の割合がたかいのかなあ?)、まあ僕がいくら考えたところで、わかるわけないか、ネットがない世界とかもあったと思うと本当に不思議だしね。

 

 

 

ただもしも過去に戻れるとしてキャンペーンを男性から女性にしたら今の2016年はどうなっていたのかをみてみたい(無理だけど・・)そうしたら世の中はどうなっていたのかな?もしかしたら人口が1000万人くらい増えているかもしれないし減っているかもしれない。告白は絶対男性からだろみたいな風潮が根強く残っているかもしれない。女性の社会進出などにも影響が出ているかもしれないし、お菓子メーカーの生き残りも違ったかもしれない。バレンタインデーには男性が手作りチョコを大量に作る世の中になっていて、日本人の男性の90%がすごいチョコを作れるようになっているかもしれない。もしかしたら男性ターゲットのキャンペーンがうまくいかなくて翌年に女性から男性にクッキーを贈るキャンペーンがはじまり、バレンタインといえばクッキーでしょみたいになっているかもしれない。それか全く想像できないようなところで大きな影響を与えているかもしれない。

 

 

とにかくこの世界は本当に不思議だ。ある場所で蝶の羽ばたきが遠くの場所でトルネードを起こすことだってあるのかもしれないし、絶対に否定できない。未来を正確に予想することは誰にもできないし、様々な要因が重なり合っていて、原因と結果で物事を証明できることなんて世の中にはほとんどないから本当に不思議だ。

 

 

というか僕は今なぜバタフライエフェクトのことを書いているのだろう(笑)僕はバレンタインデーについて書いていたはずなのに、なぜか「この世界は不思議だ」とか書いている。なんでだろう、これも不思議だ。まあなんでもいいや、本当に勢いだけで書いてしまった。チョコほしいよ・・・

 

ROYCE'(ロイズ) 生チョコレート [オーレ]

ROYCE'(ロイズ) 生チョコレート [オーレ]

 

 

他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!!

 

 

なぜ出る杭は打たれるのか?夢や理想を捨てたつまらない人がいるからだ。

世の中には出る杭は打たれるという風潮がある。しかし、なぜ出る杭は打たれるのか。それは当たり前だけど、出る杭を打つ夢や理想を捨てた、つまらない屁理屈をこねてる人たちがいるからだ。

 

 

リアルでもネットでも出る杭というか、目立ったりしている人たちは叩かれたり、批判されたりしている。そういう人たちを叩いている人は、出る杭は打たれるんだよって内心言い訳していて正義と言わんばかりに叩いたり、傷つけたり、批判したりしている。

 

 

僕はそういう人を見るたびに、つまんない人だなあと思う。屁理屈をこねて目立っている人をさも正当で正義のように論理立てて叩いている人をみると、ダサいし、つまらない人だなと思う。しかも、そういう意見が意外と影響力を持っているのをみると、この世の中には夢や理想を捨てて出る杭を打って喜んでいるつまらない人たちが多いなあと思う。

 

 

僕からすると、わざわざ叩いたり、批判したりする意味がわからない。そんなことして貴重な時間を消費するなら自分がやりたいこととかやれよって思うし、わざわざ叩きたくなる人と関わるなよって思う。

 

 

まあ、いくら僕がブログでこんなこと書いたって何も変わらないし、出る杭を堂々と打って調子にのっているつまらない人たちには届かないだろう。そもそも出る杭は打たれるという風潮が本当にくだらない。こういう風潮があるからどれだけ才能がある人たちが潰されていると思っているのだろうか。

 

 

ただ、社会的には風潮はめちゃくちゃ大事だ。経済だって感情で動くし、風潮を良い方向に変えていけば世の中は変わると思う。だから出る杭を伸ばすみなたいな風潮に変えていけば、もっと楽しい世の中になると思う。

 

 

しかし、そう簡単に風潮は変わらないし、世の中には悪意に満ちた風潮もたくさんある(出る杭は打たれるとか意識高い系とか)。だから対処法としては、気にしないとか批判をエネルギーにするとかしかないと思う。

 

 

 

ただ、僕としては出る杭の人は群れていては意味がないと思う。目立っていても群れていて慰めあって同じもの同士で擁護し合っている人たちは、出る杭なのかは疑問だ。そういう人たちの中には自分は出る杭であって批判されるのは自分が素晴らしい出る杭だからだと思っている人もいるようだけど、それはちょっと違うんじゃないのかとは思う。ある意味それはちょっとださい気が僕はする。単純に批判が多いから魅力的だったり、出る杭になるというわけでは絶対にないと思う。

 

 

ただ、だからってそういう人たちを叩いたり、傷つけたり、ボロクソに批判したりすることは絶対にしてはいけないのだけど、実際にはそういう人は多いが、なんなんだろうね。単純に嫌なら関わらなければいいだけだ。

 

 

まあ現代は出る杭は打たれてしまう事は多いのだと思う。ただ出る杭は打たれるという風潮があるから堂々と叩いている人たちは本当におかしいし、ありえない。ただ出る杭になる人は志や情熱を持っている人だと思う。だから出る杭を打つ人たちに負けてはいけないし、全てエネルギーにしていくしかない。そして世の中を変えた人たちはみんな出る杭だったし、僕は出る杭の人たちを全力で応援したい!!

 

出る杭になりたい人へのおすすめ本です。園子温監督の本、めっちゃ面白い!

非道に生きる (ideaink 〈アイデアインク〉)

非道に生きる (ideaink 〈アイデアインク〉)

 

 くよくよ悩んでしまって気にしてしまう人へのおすすめ本。

ぜんぜん気にしない技術

ぜんぜん気にしない技術

 

 他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい!

 

人は変われると思う。過去や未来なんて関係ない。

人は変われると僕は思う。なぜ僕が人は変われると思うかについて僕なりに考えたことを説明しようと思う。まず、人は変われないという主張もよくあるが、なぜ変われないと思うのかというと、過去の経験や出来事によって今の自分が決まっていて縛られていると考えているからだ。

 

 

 

つまり過去の原因があるから今現在の結果があると考えてしまう場合は人は変わることができない。なぜなら過去に縛られてしまうからだ。それと人は変われないという人は自分はこんなに辛い思いや苦しい経験をしているのだから、結果として変われないんだ。って思ってしまっている人も多いと思う。

 

 

 

とりあえず一つ一つ僕の考えを説明しようと思う。まず、人は過去の経験や出来事を主観で捉えているというのは、みなさん同意すると思うし、これは当たり前の話だ。ということは同じ経験をしても人によって解釈は変わっているということにも同意できるだろう。

 

 

そして、ここでは選択の問題なんだけど、今の現状に満足していて幸せなのであれば変わる必要はないので関係ないのだけど、今の自分を変えたいと思う場合は、人は変われるかもしれないと思いたいのか、人は絶対に変われないと思うのかを選ぶ必要があると僕は考える。

 

 

 

なぜなら人は絶対に変われないと思いたいかたはそもそも変わりたくないのであればそれで満足なんだろうし、幸せなのだろうしそれはそれで良いからだと僕は考えるからだ。

 

 

では、人は変われるかもしれないと思いたいかたで、なぜ変われないと思ってしまのかというと、二度目になるが過去の原因があるから結果として現在があると考えているからだ。なので過去の辛い思いがあるから現在も結果として云々と考えてしまうのではないかと僕は考える。

 

 

ここで、僕はどのように変えていくといいのかについて提案すると、まず過去は変えられると考えることだ。「は?こいつ何言ってんの?」って思った人もいると思うけど、少しだけ僕の考えを聞いてほしい。まず過去というのは主観であるというのは説明した通り、誰もが同じ経験をしたとしても認識はことなっている。そして、例えばなんだけどみんなが過去に同じ経験をしたとする。その後、もし原因と結果が全てだと考えるのであればみんなが同じ状況に陥ったりしてしまうのではないか?でもそれは絶対に起こらないので、人が変われないという理由は過去の原因が全ての要因ではないのだ。

 

 

 

そこで提案なのだけど、過去の経験の認識を意味があるように変えてほしいのだ。過去の出来事があったからこそ変われるのだと。とにかく自分にとってポジティブな認識にできるだけする、こんな経験したから優しくなれたとか、そういう感じだ。というか、まあ過去はそのように認識とかにしていく、そしてここで大事なのは過去はあなたの現在を決めていないという事実を認識することだ。人には自由意志があるのだから変えていくことができるのだ。

 

 

そしてここからはどのように変わりたいのかを考える。やりたいこととか、こんなふうに変わりたいとか目標とかを考える。これは考えてほしい。だって人は変われると思いたいという人であれば考えられるはずだし、変わりたいんだから。

 

 

 

そして変わりたいこととかやりたいこととか思いついたら、少しずつ調べればいいし、少しずつ変えていけばいい。ただそれだけだ。単純に目的ができたんだから、その目的にそって一つ一つ物事をこなしていけば良い。だって過去なんて関係ないんだから。

 

 

 

正直、過去なんてたいしたことはない。そんなに人間は機械みたいに原因に縛られはしないはずだし、人間には自由意志があるんだ。それと過去なんてもう終わったことで戻ることもできないし、単純に現在は自分がどのように過去を認識しているか?しか意味を持たない。だから過去に縛られる必要はない。そんなに人間は弱くない。

 

 

 

そして未来もたいしたことない。未来なんてどんなに考えたって答えなんてわからないし、僕たちはずっと今を生きているだけだ。本当は未来なんてない。ずっと今が続いているだけ、だから未来を考えて不安になったり悩んだりする必要なんてない。

 

 

今を生きればいいだけだ。だから人はいつでも変わることができる。過去の影響もないし、未来なんてない、今しか存在しないのだ。だから今すぐに変わりたいための一歩を踏み出せばいい!やりたいことがあるなら、すぐにググるとか本を買うとか、人に会って思いを話すとかなんでもいいから少し動けばいい。

 

 

そうすれば人は変われる。今に強烈にコミットして少しずつ行動していく。少しでも何か行動できれば変わることができたということだ。たぶんそういう行動を積み重ねていくことで人は成長していくし変わっていく。

 

 

まとめると、過去や未来があるなんて本当は幻想で、今がずっと続いているだけだ。そして、過去はあなたの現在を決めていないという真実を認識し、目的を持ち、現在に強烈にコミットして行動していけば、人は一瞬で変わることができると思う。

 

 

 僕の尊敬する茂木健一郎さんの本。「すぐやる脳」のつくり方。茂木さんの影響を僕は相当うけていると思う。

  

 科学的なアプローチで「行動」に直接変化させる方法を書いた本。精神論でないところが良かった。行動科学の本を読んだことない人にはオススメです。

人生を変える行動科学セルフマネジメント~自分を変化させるたったひとつの方法

人生を変える行動科学セルフマネジメント~自分を変化させるたったひとつの方法

 

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「現実を見なさい」と言う言葉は本当に現実的なのか?

今週のお題「20歳」

「現実を見なさい」という言葉は本当に現実的なのか?夢や理想を描いている人にとっては「現実をみなさい」という言葉は一度は聞いたことがあるのではないか。しかし「現実をみなさい」という言葉は本当に現実的なのだろうか?

 

 

僕は「現実を見なさい」という言葉は全く現実的ではないと思うし、単純に思考停止して夢や理想を捨てた人間が自分を正当化し、暗い世界に引きずり込むために言う言葉にしか思えない。

 

 

「いやいや、現実を見なさいという言葉はね、青臭い人間や理想を描いている人間を心配しているから使う言葉なんだよ」って思う人もいると思うけど、正直いうと夢や理想を描いている人にとってそんな思いでアドバイスしてくる人の意見は害でしかない。

 

 

この文を見てくれている人の中にも夢や理想を描いていて実現させようと思っている人もいると思うけど、「現実を見なさい」などと思考停止したくだらない意見など全く気にしなくていいし、そのような言葉をエネルギーにしてしまえばいいと思う。

 

 

僕は人間は夢や理想を失ってしまった瞬間、一気に魅力がなくなると思うし、僕にとって夢や理想を失うということは絶望だ。だけど人間は夢や希望、理想があるから活き活きと生きていくことができると思う。

 

 

だから夢や希望、理想を絶対に手放してはいけない。ずっと持ち続けなくてはいけない。僕は死ぬまで夢や希望、理想を持ち続け、実現しようと努力していこうと思っている。間違っても、夢や理想を失い、夢や理想を持つ人に対して嘲笑したりして気持ち良くなる人間にだけはなりたくないと思っている。

 

 

それと僕は夢や理想を持つことは確実に現実的なことだと思う。夢や理想を持つ人にとっては現実にできると信じているのだから現実的なのだ。夢や理想をあざ笑う人にとっては絶対に無理だと考えてしまう人だから現実的でないと思ってしまうのだ。しかし、夢や理想をあざ笑う人が現実をみなさいというのは全くもって現実的でない。それは夢や希望も捨てて惰性で毎日、適当につまらなく単調な日々を送れと言っているようなものだからだ。

 

 

そんな人間に絶対になってはいけない。だから絶対に夢や希望、理想を捨ててはいけない。そして夢や理想を現実にするために、努力していけばいいと思う。願っているだけじゃ何にも変わらない。行動を起こさないと変わらない。時には恐怖心があっても頑張って一歩踏み出してみないと何も変わらない。

 

 

だけど、一歩でも夢に近づく行動をしていくだけで見える世界は変わってくると思う。そのような行動を積み重ねていくことで夢や理想は現実になると思う。だから僕も頑張っていこうと思う。

 

 

最後にニーチェの言葉を紹介して終わりしようと思う。

自由な高みへときみは行こうとしている。しかしながらそういうきみは、若さゆえに多くの危険にさらされてもいる。しかし、わたしは切に願う。きみの愛と希望を、決して捨て去ったりするな、と。きみの魂に住む気高い英雄を捨てるな、と。きみの希望の最高峰を、神聖なるものとして保ち続けてくれ。

 

 ニーチェの言葉がまとめられている本

超訳 ニーチェの言葉

超訳 ニーチェの言葉

 

 

 ニーチェの代表作。

ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)

ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)

 

 他にも記事を書いたのでよければ読んでほしい。

  

 

 

世の中で起こることは原因と結果で決まるほど単純じゃない

僕は世の中で起こることや、言われていることは原因と結果で決まるほど単純じゃないと思う。ただ、多くの人は確実な原因があるから結果があると考えていて、それって本当に正しいの?って疑わずに短絡的に原因があるから結果があるのだと思い込んでいる。

 

 

なので、まあ僕としてはそういう考えでも別にいいんだけど、実は原因と結果だけでは世の中で起こることや言われていることは理解できないかもね、ということを書いていこうと思う。

 

 

 

まあ、あえてちょっと批判されそうな例を出すけど、タバコを吸うと死亡率が高くなる。これは多くの人が絶対正しいと信じているのではないかなあと僕は思う。つまりこの文ではタバコを吸うと(つまり原因)死亡率が高くなる(つまり結果)の因果関係で説明できる。多くの人は「当たり前だろ」「世の中は原因と結果で決まるんだよ」とか考えると思う。でも僕がここで言いたいのはそれって本当?って多くの人が考えられたらいいのになあと思う。

 

 

 

僕はタバコを吸うと死亡率が高くなるというのはデータでは証明されていても(統計的なものであり、タバコを吸ったって長生きする人はやまほどいる)、それが直接的な原因だと短絡的に考えてしまうことは危険だと考えている。もしかしたら、タバコを吸う人はストレスが多く溜まっている人が吸う割合が高くて、ストレスが高いから死亡率が高くなるかもしれない。他にはタバコを吸うという状況になりやすい環境に影響を受けているかもしれない(例えば周りがタバコを多く吸っているなど、そのような環境の人の食生活に問題があるかもしれない)。他には健康への意識や生きる目的を持っている割合が少ない人はタバコを吸う傾向が高いのかもしれないとも考えられる。

 

 

 

つまり、ここで僕が言いたいことは世の中、わかりやすく原因と結果で決まることなんてほとんどなくて(模範解答暗記競争のテストや遺伝病など)、さまざまな要因が重なり有ったりしながら物事は動いていたりしているので、短絡的に一つの原因と結果で決めつけることは危険だし、さまざまな要因が影響しているという考え方を持っていた方が確実に生きていく中でも有利になると考える。

 

 

 

それと、誤解を招くと嫌なのでいうが、タバコの例はもしかしたら、本当かもしれないし、タバコが本当に有毒な可能性もある。それと僕はタバコを吸いたいとも思わないし、タバコを吸っている人を擁護したいとも思わない。単純にわかりやすい例を出したかったからだ。ただ、タバコの例も科学的推論の可能性もあるというのは知っていたらいいんじゃないのかと思う。簡単にいうと9割の科学者がタバコは悪だと言ったところで、それが絶対に真実だとは限らないということだ。世の中の真実は多数決で決まるほど単純じゃない。

 

 

 

他の例を出すと経済学とかもまさに因果関係で考えようとしている場合が多いなあと感じる。ありえない条件をつけたりして単純に導こうと考えているので、実際の社会ではあてにならないことも多い。(別に経済学を否定してるわけじゃなくて例を出すためであり、参考になるとは思う)

 

 

 

経済なんてさまざまな要因や人間の感情など無限大に多くの要因で決まっているので、そんな単純には導くことはできない。実際にノーベル経済学賞を受賞した人たちで作っファンドも破綻したし、そんな世の中単純じゃない。

 

 

 

ここまで書いてきて僕が言いたいことをまとめると、世の中はさまざまな要因が影響し合っていて、一つの原因で結果は導くことなんてほとんどできないということ。だからこそ、世の中の常識を短絡的に反射的に信じるのじゃなくて、自分でそれって本当?って考えてみてほしいなあと思った(僕もしっかり意識していこうと思う)。そのように考えていくと、流されずに自分で物事を決められたりできるだろう。

 

 

 

人生だってそうだ、因果関係なんかで決まらない。様々な要因が重なり有って影響し合っている。だからこそ、僕たちは自分の人生を切り開いていくことができる。こういう状況だから無理だとか、あなたはダメだとか言われたところで落ち込まなくたっていい。人生はそんな単純には決まらない。だから僕たちは様々な状況や縁などを大切に精一杯生きていけばいいと思う。人生は何が起こるかわからない、それは楽しいことだ、だから生きがいがあるし自由なんだ。だって世の中も人生もそんな単純な因果関係なんかでは決まらないのだから!!

 

 

 おすすめ本です。僕がめちゃくちゃ尊敬している田坂広志さんの本。世の中には安っぽい本もたくさんあるが、田坂さんの本は違うし、田坂さんは凄すぎる。本当に良い本なのでオススメです。人生で起こることはすべて良いことなんだ。

人生で起こること すべて良きこと

人生で起こること すべて良きこと

 

 この本もオススメ。人生の本当の成功って何?って考えている人は是非読んでほしい。今は書店には成功できる云々という短絡的思考の本(甘やかし本や効率だけを優先してる中身のない本)がたくさんあるが、そういう本を書く人も読む人も本当の成功って何って考えているのだろうか?僕は田坂さんの考え方が本当に好きだし、田坂さんのように立派な人間になりたいと思っている。読んだことない人はおすすめです!!

人生の成功とは何か 最期の一瞬に問われるもの

人生の成功とは何か 最期の一瞬に問われるもの

 

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