読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

僕と本と未来

本を読んで感想などを書いてます。

支援という言葉の違和感

僕の考えや思うこと 社会や風潮について

僕は支援という言葉を使うことに抵抗がある。なぜかというと支援というのは持っているものが持っていないものに対して一方的に施してやるみたいな感覚で受け取られてしまうことがあるからだ。

 

 

地位がある人や権力がある人などは支援ということばをよく使うのだが、それが傲慢であり上から目線であると気づいていない人は多い。他にも支援ってすこし傲慢だよねって理解しているつもりの人でも知識で知っているだけで現実では傲慢な態度をとってしまってしまう人も多くいる。

 

 

会社経営者やNPO経営者、人生結構うまくいって、あとは社会貢献してやるぞ!みたいな人にもどこか上から目線的で本当に届けたい人への幸せに直結していない行動をとってしまう人たちもやまほどいるだろう。

 

 

僕もこんなこと書いているけど、どこか傲慢になってしまったり、上から目線的になってしまうことだってあるだろうしそこは気をつけなければいけないと思っている。僕はいつも思うのだけど支援をしたいとか思っている人は幸せにしたい人と本気で対等に向き合っているのだろうか?当事者の気持ちを本当に知っているのだろうか?対等になんでも言い合えて、相手の人が萎縮など全くせずに信頼してもらえるような信頼関係を築けているのだろうか?

 

 

はっきりいってこれができている人は多くないだろう。メディアや新聞、テレビなども取材する人が本当に社会や当事者にとって良いものを届けているかなんてほとんど気にしていないだろう。本当に頑張って良いことをしている人が注目されず、お上やご機嫌取りが上手で社会のことや相手のことを本気で考えられていない人が注目などされている現実をたまに見かけると少しやるせなくなる。

 

 

ただ、本気で頑張っている人もたくさんいるのは事実であり、ちゃんとわかっている人も多くいる。だけど残念ながら社会貢献したいとか支援したいとかいってくる人たちの中には自分は持っているからと上から目線的になっている人もいるのは事実だ。こういう人はそもそも感受性が低く当事者の気持ちを理解できなかったり、感じることができない人だ。ほんと、社会を良くしたいとか考えている人は権威とかよりも感受性が高いことや当事者の人としっかりと信頼関係を築き対等に話せる関係を築くことが大事だと僕は感じる。それとそういう関係を築く時もさりげなくだ。そして少しでも上から目線的にはなってはいけない。

 

 

まあ、自分は何のために生きるのか?なんのためにその行動をとるのかをしっかりと一人で考え他者に貢献しようと行動することが自分の幸せだと覚悟を持てた人しか本当の意味で良いことはできないのではないかと思った。

おすすめ本です!

 

他にも記事を書いたので良ければ読んでほしい!!


広告を非表示にする