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僕と本と未来

本を読んで感想などを書いてます。

パッションが大事な理由と教育

僕はパッション(情熱)はめちゃくちゃ大事だと思う。なぜか日本ではパッションは軽視されているけど、これからはパッションをもっと大事にするべきだし、尊重すべきだろう。

 

 

パッションがなければ新しいことは作り出せないし、人を巻き込むこともできない。社会の理不尽な仕組みや、悲惨な状態にいる人、苦しんでいる人を助けることはできない。日本ではパッションが軽視されすぎている。

 

 

 

もっと子供の頃からの教育でパッションを尊重すべきだし、褒めて伸ばすべきだろう。「もっととんがれ、もっととんがれ」と子供達の個性を伸ばすべきだろう。そして社会を良くしていこうと考え、そして行動し、解決できる人材を増やすべきだろう。

 

 

 

今の日本の教育はわかりやすく見えることだけで評価し、一つの評価軸で子供達を評価する。本当にアホな仕組みだ。なぜ気がつかいない人が多いのだろうか?はっきりいって今の教育の仕組みを作っている人たちは世代が違いすぎるので、今に最適な教育が分かるはずがないし、的外れなことばかり言っている。

 

 

 

画一的な人材は今の時代には合わないし、何か一つ、子供達の好きなことがで突出している方がこれからの社会では役に立つし、確実に幸せになれる。今の教育は高度経済成長の時代まではいい仕組みだったのだろう。反発せずに、平均的には何でもそれなりにできる人材は扱かいやすいからだ。

 

 

 

はっきりいって若い世代は今の時代を一番理解しているし、これから何が必要なのか、どんな能力が必要なのかを理解している。別に僕は自分が若いからそんなことを言っているのではない。それは歴史を紐解いても事実だからだ、情報感度が違うし社会の捉え方が違う(若い世代で今の社会に溶け込めないのはある意味しっかりとした感覚をもっているのだろう、本当の幸せを考えているのだろう)。傲慢に聞こえるだろうが僕はそう思うし、僕は10年後、30歳になったら、社会の状況を10代や20代になんでも聞くだろう。なぜかというとそれが今の社会を理解することに必須だと感じるからだ。

 

 

 

僕はいろいろ敏感だし感受性が高いのだろう。困っている人や社会で辛い思いをしている人、社会のひどい仕組み、などを見るとどうしようもなく感じて絶望感を感じたり、怒りを感じたり、解決しなければいけないと感じる。僕はそういう人の立場に立ちたい。寄り添いたい、状況を解決するために力になりたいと本気で思うし、解決のために自分を本気で使いたい。

 

 

 

 

ある意味僕がこの文を書いているのも、ある意味日本の教育への反発で書いているのだろう。子供じみていて、青臭くて、痛い人に見えるかもしれない。たぶん多くの人には僕が本当に言いたいことは伝わらないだろう。ただ、社会に対して「こうしていきたい、こうすべきだ、辛い思いや苦しんでいる人がいる社会なんておかしい」って思っているような情熱をなぜ評価する軸がないのだろう。僕は日本のくだらない学校教育でも評価されたが、一つも嬉しくなかった。なんでこんなくだらないことで評価しているんだ。もっと個性で評価されるべきだ。人を一つの評価軸で評価する仕組みっておかしいし、目に見えるものだけで評価するなんておかしいと思わないのだろうか。

 

 

 

絵が得意な人はそれを褒めて、もっととんがれ、もっと描きまくれ、動物が好きな子は図鑑を読ませるとか飼育などをたくさんやらせればいいし、とにかく好きなことを伸ばす。それがいい教育だと思うし、自分で知りたいことを学び、考えて試行錯誤していく中で問題を解決できる能力が身につくのだと思う。

 

 

 

僕はそういう一つの評価軸のせいで辛い思いを抱えていたり、自分はダメなんだって子供たちに思わせる学校教育は罪だと思うし、学校教育にうまく適用しただけの人が偉そうにしている現状に腹が立つ。正直、それは本当の優秀さではないし、クリエイティビティーがあるかどうかは別だ。実際のところそういう偉そうにしている層が今の日本を作りあげたし、結果として今の現状だ。

 

 

 

「こいつは何もわかっていないな、それじゃ現実通用しないだろ」っていう人も出てくるだろうが、僕は社会で通用する能力を今の学校教育で身につけることなんてできないと思っているし真面目に学校教育で身につけたと思っているのか?形のないくだらない肩書きだけだろって思う。というか役に立った人いるの?今の時代はやりたいことがあれば、だるい教育受けるより、ネットでググって、本読んで、体験して技術を学ぶのが一番早いしわざわざ教わる必要がない。

 

 

 

しかも社会で必要な能力って学校教育とは関連性がないというか、ある意味、真逆の能力だよね。世の中の問題に答えは一つじゃない。いろいろなアプローチがあるし、正解なんてない。なのになんで今の教育は暗記してそれを正確にアウトプットするだけの意味のないことをやらせるのだろうか?、数学は論理思考を鍛えるだ?、もっともらしいけど、僕は論理思考を鍛えるなら将棋をやれば一瞬で身につくと思うし、論理思考が必要な問題のレベルに到達するのって相当難しい問題くらいじゃないか?って思う、基本は解法暗記で解けてしまうし、先生に数学は論理思考云々と言われた時には、何言ってんだ?って思った。

 

 

 

だから本当に謎だ。暗記競争なんてググればいいし、人工知能にやらせればいいだろって思う(現代はググってからが勝負だ)。人間らしさがない、もっとクリエイティブで個人個人の好奇心にそってやりたいことをやらせれた方がいいに決まっている。

 

 

 

しかも、僕は今の会社の多くは市場を奪い合い、生き残りだ、サバイバルだと社会のためとか何にも考えていない会社もたくさんあると思う。正直いってサバイバルを本気でしないといきのこれない会社はどうなんだろうって思う。もっとクリエイティブに新しいことに挑戦しろよ、社会に良いことしろよ、現状維持ばっかすんなよって思うけど、会社の仕組み上、上層部は既得権になる場合が多く尖った人材は潰されたり、理解されなかったりされる場合も多いのだろうし上がれる仕組みがないから大変なのだろう。

 

 

 

まあ、ベンチャーも結構、そういうのあると思うしね、なんで入った順番とか年齢とか大事なんだろうね、くだらないなあとは思うけどね。あと、こう言うこと書くと生意気だって言われるんだよね、まあ僕はそういうところには行かないしごめんだ、選択肢からないからいいけど、でもそういうとこ改善した方が絶対よくなるとは思う(あと僕は、自分の目的のためならそういうのも我慢していこうと思っているし、なんでも生意気ではない、ただ正直ではいたい)。

 

 

 

そして僕たちは、日頃から悲惨な状況やひどい仕組み、苦しんでいる人々を見ても、見てみぬふりをしている人も多いと思う。目の前の人、一人を助けたところで、同じ境遇にいる人全てを助けることはできないだろう、自己満で偽善者になってしまうと考え、見てみぬふりをしてしまう人も多いだろう。

 

 

 

僕はそういうことに関して思うのは、そんなの関係ねえよ、目の前の人をつべこべ言わずに助ければいいじゃんって思う。そういう態度は論理的でないし自己満で偽善者だと思われるかもしれないけど、別に僕はいいと思う。「あの人だけを助けても、全員は助けられないんだから悲しいけど手を差し伸べられません」とかさ、そんなことはどうでもいいし、とにかく目の前の人を助ければいい。

 

 

 

「こいつ感情論で青臭いなあ」とか思われそうだけど、僕は論理思考だけを過剰に賞賛する社会の風潮はおかしいと思うし、危険だと考えている。感情から生まれるパッションが大事だと考える。まあ、どうせ理解してくれる層はすくないのだろう。まあ僕の考えに反論したい人や批判したい人が多いことはわかっている。まあこういう考えで僕は生きているので、理解されないことも多々あるのでね、まあ今後考えは変わる可能性は大いにあるけどね。

 

 

 

ただ僕は社会の風潮に反発したから気付いたこととか学べたこととか、パッションも強くなったというのもあるしね。でも僕みたいな感性の子供や、暗記は得意じゃないけど他のところですごい個性や特技を持っている子を学校教育で潰されるのはさけたい。僕みたいな感性の子もあんまりいないけど、たまにいるんだよね、ブログ上とかでもこの人なんか似てるなとか思う人もいるし。それと評価を一つにしないでたくさん作った方がいいと思うし、例えばなんだけど、絵がめちゃくちゃ上手で創造性が高い人がなぜ日本の教育では評価されないんだ。なぜ暗記して正確にアウトプットする能力が高い人だけが評価されるんだ。

 

 

 

「それは公平だろ、努力次第だからな」という反論はあるだろうが、まあ理解されないと思うけど、それが公平なのか?って思う(目に見えてわかりやすい、暗記し正確にアウトプットするだけの能力、感性やパッション、創造性、性格なども含むべきだ)。全く公平じゃない、ペーパーテストが公平かよ(笑)、ただ公平だろって感じちゃう人は僕の言う公平じゃないの真意は理解できない人なのであきらめるか。

 

 

 

というか僕は今ブログを書いていて本当に日本の教育が合わないんだなと身にしみて感じる。僕は記憶力はすごいよかったから暗記は楽だったけどさ。それなのにこんな反発している。はあ、まあしょうがない、仕方ない、将来子供の個性を伸ばす教育にも関われたらいいなあと思うし、関わろう。とにかく勢いで書きまくってしまった。

 

 

 

まあとにかく、パッションが大事だと思うことを自己満で書きたかった、反論もあるし、こいつはわかっていない、クソだなとか思う人もいるだろうけど、まあ僕のような考えがあったって別にいいよね、僕は他の考えも尊重する。

 

 

とにかく大人は子供のパッションを絶対に潰してはいけないし、パッションを無くさせたりするのは本当に罪だと思う。僕も年を取っていくし、年齢を重ねていっても絶対に若い人のパッションは潰さいないで伸ばしていきたいと思う。まあ多分大丈夫だ。十分、意味のわからない大人たちとは関わってきたからね。パッションは大事!!

 

 本文とは何も関係ありません。

(日めくり)まいにち、修造!

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「ひらめき」を生む技術 (角川EPUB選書)

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