僕と本と未来

本を読んで感想などを書いてます。

逆境や絶望感なんて大歓迎だ

逆境や絶望感なんて大歓迎だ。どんどん来いよ、受けて立ってやる。僕は勢いでこのようにタイトルをつけてブログを書き始めてしまったが、僕は逆境や絶望感なんて大歓迎だなんて今までは思えなかったし、今勢いで書いているだけで、書き終わった後や少し時間が経った後に逆境や絶望なんてやっぱり無理だ、恐怖だって思うかもしれない。

 

 

だけど、僕は逆境や絶望なんて大歓迎だ、余裕だぜ、面白くなってきたな、どんどんかかってこいよ、っていえる男になりたい。というか、考え方みたいなのを変えていけば、たぶん、そのように考えることは不可能ではないし、「逆境よくきたな、燃えてきたぜ。」ってなることも可能だと僕は思う。

 

 

というか僕はそのように考えられるようにならないと、この先の人生やっぱりしんどくなっちゃうと思うんだよね。社会とかに絶望しているし、僕の考える理想も高すぎて、そのように変えるには自分の実力がないとおもって、無価値感を抱いてしまったりするし。だから絶望とか逆境とかに対してポジティブに対応できるようになれば、強くなれる気がするんだよね。

 

 

ある意味、精神的な強さとかタフさみたいなのって、強くなると思うし、始めから、めちゃくちゃ野蛮なメンタルを持つタフな人たちもいるけど、そういう人って他人の感情とかあんまりわからない人が多い気がする。

 

 

僕の場合は他人の感情とかもよくわかるし、くよくよ考えてしまったり、悩みまくって絶望感を抱いてしまうことも多いので、考え方を変えていく必要がある。ただ、ある意味、僕みたいなタイプの人は深みがあるメンタルが強くてタフな人になれる可能性を秘めていると思うんだよね。じゃあどうすれば変われるのか考えたのだけど、小手先のテクニックではそんなに変わらないとおもったので、岡本太郎さんの言葉を胸に刻んで逆境や絶望感なんて大歓迎だぜっていうメンタルを手にいれることにした。

 

 

 

なので、岡本太郎さんの「壁を破る言葉」から僕がいいとおもった言葉を列挙していき、それを完璧に吸収して、唱えて、タフなメンタルにしていこうと思う。僕がこれをブログに書いているのも、自分でふと読み返す機会を自分に与えたいのと、ブログに書くことで自分によく吸収できるようになると考えたからだ。では紹介しようと思う。

 

 

 

絶望のなかに生きることこそが、おもしろい。そう思って生きる以外にない、それがほんとうの生きがいなんだ。

 

 

人生は意義ある悲劇だ。それで美しいのだ。生き甲斐がある。

  

 

なぜ挑むのか、と言われる。人を敵に廻し、損じゃないか、と。常識人なら当然そう考えるだろう。だが僕は闘うことによって、相手を手ごたえとして掴みたい。それが架空の敵でも、そう設定し、ぶつかる。自分の精神のまとを絞り、人と向きあう。それは自己確認でもあるのさ。

 

 

やりきれない。でも、だからこそ行動するんだ。障害を全身で受け止めて、逆に生きがいにしてしまうんだ。

 

 

 

絶望感を抱えていたり、やりきれなかったり、辛かったりするからこそ、人生は面白くなると岡本太郎は言っている。その通りだなと僕も思う。絶望感とかやりきれない思いなどの感情があるこそ得られるものや、楽でないからこそ、強く生きようと思えたり、変えようと思えたり、挑戦しようと思えたりできるということもあると思う。それと、そういう感情を抱えていることで僕は自分が生きていると強く実感できるし、人生が意義のあるものだと感じることができる。

 

 

 

だから、逆境や絶望感というものは僕の人生を意義のあるものにしてくれる、素晴らしいものだ。だから、僕は逆境や絶望感が襲ってきたときに、「よく来たな、面白くなってきたぜ」って言うことにする。そして逆境にしっかりと挑んでいきたいと思う。

 

 

 

それと逆境に挑むときに僕も含めて多くの人はさまざまな制約や環境を前に、止まってしまったり、挑戦をあきらめてしまうことってあると思う。そんなときのために、岡本太郎がすばらしい言葉を言っているのでそれも紹介しようと思う。

 

 

制約が多いとみんな悩んでいる。だが、制約があるからこそ、自分のしたいことを貫くのがほんとうの行動になると思う。

  

われわれの世界、環境は無限の迷路だ。だからこそ生きがいがあり、情熱がわく

 

人間というのはいつでも、周囲のさまざまな状況に対して抵抗を感じ、孤独なんだ。

 

 

 

 自分にとって必ずしもよくない制約や環境があったとしても、それがあるからこそ、情熱がわき、立ち向かうパワーが高まるものだと岡本太郎は言っている。制約や良くない環境でさえも、自分の情熱のエネルギーにしていくことが重要なんだと思う。なので、さまざまな制約や良くないと思える環境すらも、自分の力を増やしてくれる良いものだと考えることができる。

 

 

 

それと僕は最近思うのだが、さまざまな制約や良くないと思える環境さえも自分が勝手に作り出している幻想なのではないか?と思う。冷静に考えると、さまざまな制約や良くないと思える環境を認識しているのは自分だ。だけど、そのように認識しているのは正しいのだろうか?と自分に問いてみる。そうすると、案外自分に都合良く解釈していたり、挑戦できないようにさまざまな制約を自分で壁だと認識し、自分を正当化している可能性もある。

 

 

 

実は、今の時代は制約やよくないと思える環境でも変えることってできると思う。今はネットも普及しているし、例えば人に会いたいとなってもアポイントの工夫をしていけば会えるかもしれないし、ある意味、少しの行動と少しの勇気を持つ事で案外簡単に現状を変えていく事もできるのではないかと僕は考えている。

 

 

 

なので、僕が今大事だと思うのは、何か、変えたいと思ったときに勇気を持って、自分にとって必要だと思う環境に飛び込んでみるとか、すぐにググるとかそういうことが大事なんだと思う。正直、怖さってあると思うけど、思い切って自分をさらけ出していくことが大事なんだと思う。それと現状を変えようと思うと怖さが出てくるけどそれすらも自分の人生を生きている証だ。

 

 

 

「危険」を感じる。それはつまり死の予感なんだ。そのとき、よし、それなら死んでやろう、と決意しておそろしいほうに飛び込む。パァッとその瞬間、全身が生きてくる。

 

 

人間は誰だって、この世に生まれようとして生まれてきたわけじゃない。でも、この世に出てきたからには、誰だっておもしろい生き方をしたいよね。危険な条件のほうに自分の運命を賭けるほうが情熱がわいてくるものだ。おのれだけが自分じゃない。向こうから追ってくる運命というのも、自分自身なんだよ。 

 

 

 

壁を破る言葉

壁を破る言葉

 

 

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